七 旭日

 永嘉えいか五年六月五日の旭日きょくじつは、京師みやこ洛陽の東のかたを爛々らんらんと照らしている。

 長城より遙か西のかた亀茲きじから渡来せし仏僧仏図澄ぶっとちょうは、糞掃衣ふんぞうえの裾をまくり上げ膝まで洛水の水に浸りながら手を伸ばし、また一つ骸をつかんだ。

 ふりさけ見れば、洛陽から未だ細くたゆらに昇る黒煙が、洛陽の市壁しへきにはためきざわめく胡軍の旌旗が見えようものを、仏図澄は一顧だにせず、只管ひたすら亡者の供養に勤めている。

 仏図澄が足を踏む入れし洛水の水面には、無数の屍が浮きひしめいている。洛陽陥落で屍となるに、ろうにゃく、男、女、晋人、胡人の隔てはなかった。仏図澄もまた隔てなく屍を掬い、閉眼させ合掌させ、経を上げた。

 そうして供養した骸が幾百幾千となるか、仏図澄にもわからぬ。まだ洛水に水漬みずかばねが、幾千幾万になるかもわからぬ。ただ全ての死霊の冥福を祈るまでは、決して離れぬ心算しんさんであった。

御坊ごぼう

 仏図澄を呼び来たる男は、青々とした剃髪の頭に汗を光らせ、

「帝は、胡の捕囚となったと」

 男の言葉に、仏図澄は何も答えない。

 答えぬばかりか、まるで聞こえぬ様相である。

「御坊」

 男はまた仏図澄を呼ぶ。仏図澄の掬い抱えたる骸の、白く膨れし顔に髭なきを見て、仰天している。

は宦官です」

 仏図澄は構わず骸を抱きかかえ、水から揚げた。すでに揚げた屍の隣へ横たえると、等しく閉眼合掌させ経を唱え、冥福を祈った。

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伸手 改稿前ver 久志木梓 @katei-no-tsuru

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