第10話 敗北しました

『俺に興味ない奴って初めて見た。面白いな、お前』

『俺に興味ない奴を振り向かせるのが楽しいんだろ』


 こんな感じで、男たちは今まで付き合ってきた女性と正反対のタイプの女性(主人公)に出会い、恋愛に発展していくのだ。今の如月君と愛斗君たちにとって、その今までにないタイプというのが私というわけだ。


「すいません。そういう理屈なら私でなくても、他の女性でも構わないのではない、で」

『ダメです!』


 私が話し切る前に拒否されてしまう。成人男性の大声のハモリに思わず耳を塞いでしまう。何がダメなのかわからない。いや、私はこれに対する答えを知っている。


「俺たちの秘密を知っているから、ですか?」


 私の言葉に二人は大きく頷いた。このままでは私の人生が二次元的な方向に進んでしまう。二次元は自分の身に起こることがないから楽しめるのであって、現実で起こってしまったら大変なだけだ。なんとしても断らなければ。

 

 好みのタイプと違う女性と出会う際に重要な要素は『秘密の共有』だ。主人公の女性はモテる男性の裏の顔を知ってしまう。そこから互いにひかれあい、恋愛に発展していく。すでに私たちは秘密の共有をしてしまっている。そこからどうやって恋愛の輪から抜け出せばいいのか。


「でも、これは先生にもメリットがある話だと思います」

「メリット……」


 如月君の方も私を納得させるために必死なようだ。一緒に住もうと言われること自体に嫌な気はしないが、了承することはできない。愛斗君も必死に考えているのだろう。あごに手を当てて真剣に悩んでいる。


「これは使いたくないが……」

「三人で住むためには仕方ありません」


 急に二人は座っていた椅子から立ち上がり、私の目の前に立つ。そして、二人は顔を近づけて。



 私は何を見せられているのか。今の時代、男同士がキスなんて、BL(ボーイズラブ)でよくあることだ。しかし、二次元と三次元の現実で見るのとでは全然違ってくる。現物で見るとかなり生々しいものだ。


 とはいえ、彼らの唇と唇が触れ合ったのは一瞬だ。その瞬間、彼らの身体は急激に変化する。ものの数秒で彼らは私の性癖に刺さる可愛らしい少年の姿に変わっていた。


「これならどうですか?」

「かわいい僕たちにメロメロですよね?」


『うううううう』


 彼らは私に顔を近づけてにっこりと微笑む。その笑顔の破壊力は最強だ。私の心はいとも簡単に彼らの意のままになってしまう。やはり、少年姿の生長途中の体つきは素晴らしい。声も変声期を迎えていない、この絶妙な高さの声が耳に心地よい。私より小さな身体が愛おしい。


『まったく、欲望に正直な奴だな。だが、それが私を受け入れることができた理由か』

「な、謎の女性!」


 せっかく私が萌えに浸っていたのに、頭の中にそれを台無しにする女性の声が聞こえた。そういえば、彼女もまた話があるといっていた気がする。


『私は少年だけでなく、少女も好きなのだがお前はどうだ?』

「ま、まあ嫌いではないですけど」


 少年ほどではないが、少女も多少は萌える。だから何だというのか。いや、彼女がそれを言い出すということは。


『お前にもまた私の呪いを授けよう。そうすれば、私は三人の少年少女を愛でることが可能だ。しかも、お前の視点を通じて世界を見ることが出来る』


「折笠先生?また例の女性の声が?」

「俺たちにも声を聞かせろよ!」


 私が誰かと話し始めたのに気付いた二人がさらに私に顔を近づけてくる。


「ちょっ、ちょっと二人とも顔が近すぎだから!」


 現状、謎の女性の声が聞こえるのは私だけなので、二人が女性の言葉を聞きたがるのは理解できる。しかし、少年姿で私に近寄ってこないで欲しい。心臓にとても悪い。私の心臓はバクバクとものすごい勢いで動いている。


 たとえ彼らにお願いされても、女性の声を彼らに届けることはできない。私の頭の中の彼女の気分次第だろう。彼らの声は彼女に届いているはずだ。


『私は成人の男女の姿を変えることはできるが、声を聞かせることはできない』


 ということにしている。


「それって……」


 何と不便な能力だろうか。いや、出来ないといった後に何か言っていた。しかし、最後の言葉は声が小さすぎて聞き取ることが出来なかった。


「ところで、あなたは彼ら以外に力を使ったことはあるの?」


『ないな。あまりに多くの人間の姿を変えてしまうと、怪しまれてしまうだろう?他人の人生を私の一存で大きく変えてしまうのは楽しいが、変えてしまえば退屈となる。もっと自由に使おうと思ったがやめることにした』


 だが、お前たちは面白い。だから、お前たち三人の生活で満足することにした。


 さらっと恐ろしいことを言い始めた。私たちが三人で暮らすことで、世界に平和が訪れるのだ。そんなことを言われてしまえば、断ることはできない。できないが……。


『ということで、私からの最後の呪いだ。お前もまた……』





 それから半年後、私はめでたく実家を出ることになった。結局、私は二次元的展開に逆らうことが出来なかった。めでたく私は二次元の仲間入りを果たしてしまった。その証拠に、私も彼らと同じように左腕に赤い文字のようなものが描かれていた。


「まさか、睦月が結婚なんて。いきなりすぎて驚いたけど、愛斗さんはとても良い方ね」

「お前にそんな出会いがあるとは驚きだが、末永く幸せに暮らすんだぞ」


「はあ」


 私たちは結局、三人で生活することになった。表向きは私と愛斗さんが結婚して、私たちの養子として翔太君が家族として加わるという形だ。とはいえ、翔太君に関しては関係が複雑になるので家族には紹介していない。いずれは説明しなければならないが、それはまだ先のことだろう。


 愛斗さんは兄夫婦の家から抜け出して、私が家を出るまでの半年間、翔太君と同棲することになった。半年の我慢だと説得できた私を褒めて欲しい。


 結婚式はあげないことにした。私たちの関係は複雑で結婚自体も愛しあってのモノではないし、友達に見せたいと思えないからだ。それは彼らも同じで、両親にもそれぞれの結婚の在り方があると納得してもらった。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「おかえり」


 私は相変わらず塾講師として仕事を続けている。愛斗さんはもともとIT関係の仕事をしていて、自宅でリモートの仕事ができるので会社に行かなくていいらしい。翔太君はアルバイトを続けながら大学に通っている。


 ちゅ。


「翔太、お前、なんで睦月を襲っているんだよ!」

「だって、元の姿に戻りたいじゃないですか!でもそうするには愛斗さんとキスしなくてはいけないでしょう?その前の口直しです」


 彼らはいまだに少年姿で居る時間が長い。あの日、成人男性の戻った彼らだったが、一晩経つとまた少年姿に戻ってしまった。どうやら、彼らがキスで元の姿で居られるのは一日が限度のようだ。


「き、キスは、だ、ダメだと、いって」

「あああ、その顔反則」


 彼らは最近、スキンシップが激しくて困っている。元の姿に戻る前に必ず、彼らは私にキスをする。少年姿でキスをされるとそのまま彼らを襲ってしまいたくなる。


「俺もしちゃおう!」


 ちゅ。


 翔太君に続いて、同じく少年姿の愛斗さんにもキスされる。そしてその後、彼らがキスをする。少年同士の麗しのキスは一瞬で終わってしまう。


 それと同時に私の癒しの時間も終わってしまう。少年同士がキスすることで、彼らは成人男性の姿に変化する。そして成人男性の姿に戻った二人は、私にそれぞれ二度目のキスをした。ちなみにキスの前に、彼らは大人用の服を着用しているので、裸になることもないのでそこは少しだけほっとしている。


「少年姿でキスした方がうれしそうなのがむかつく」

「いつまでたっても、慣れてくれませんね」


 二度のキス攻撃に私は帰宅早々、どっと疲れてしまう。仕事で疲れているのだから、ただいまの挨拶と称して毎日キスをするのはやめて欲しい。そう訴えているのに、彼らは一向にやめる気はなさそうだ。


『でも、そんな睦月もかわいい!』


 そして、二度の唇へのキスが終わると、彼らは慣れた様子で私の両頬にキスをする。すると、私の身体は。


「何が楽しくて、私が少女姿にならなくちゃいけないんですかあ!」


 私にかけられた呪いは、彼ら二人から同時にキスされると少女の姿になってしまうというものだ。しかし、それは一時的で一時間ほどで元の姿に戻る。その一時間、何度キスされても元の姿に戻ることはない。


 165cmあった身長は140cmほどに縮み、鏡で見た姿は小学6年生の過去の自分とそっくりだった。成人男性に戻った彼らを見上げる形になってしまう。二人はとても良い笑顔で笑っている。むかついた私は彼らの足を引っかけて転ばせ、お互いの顔を近づけた。



『面白いことになっておる。さすが人間、見ていて飽きることがない』


 謎の女性は三人の様子を部屋の天井から眺めていた。睦月には言っていないが、女性は別に睦月を通さなくても彼らを見ることができた。睦月たちは女性の退屈しのぎに選ばれた。そんな彼らの日常は今日もにぎやかだ。少年姿にされた二人と少女の会話が聞こえてくる。


「あなたたちは私の子供です」

『その姿で言われても!』


 彼らはキスによって身体が変化する。今は少年と少女三人でもみくちゃになっているが、いずれ成人男女三人での大人の交わりに発展するだろう。


『少年姿にしか興味がなかったが、彼らが今後どのような生活を送っていくか興味がある』


 謎の女性は笑いながら、そのまま彼らが寝るまでじっと観察を続けていた。謎の女性が何者なのかそれを知るものは誰もいない。


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私は少年好きのただの女性です 折原さゆみ @orihara192

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