第9話 少女漫画的展開
「それで、私は今から如月君のアパートに行けばいいのかな?」
「お願いします。そこで今後のことを話しあいましょう」
「……」
車を走らせながら、助手席に座る如月君に尋ねる。後部座席に座る愛斗君は無言だった。バックミラーで確認すると、眼を閉じて両手で頭を抱えている。自分の兄とあんな別れをしてしまったことを後悔しているのだろうか。
(まさか、成人男性二人を自分の車に乗せる機会があるなんて思わなかった)
人生、何が起こるかわからない。成人男性が子供の姿になるという不思議なことがあるので、私が男性を車に乗せているなんてことは些細なことかもしれない。
「あんなにあっけなく家から出られるとは思わなかった」
「そうですか?そこまで難しいことでもなかったと思いますけど」
「いや、折笠先生たちのおかげだ。感謝している」
頭を抱えていた愛斗君が顔を上げた。バックミラーから見える彼の表情に後悔はなさそうだった。あんなおかしな兄と縁が切れて清々したと思っているのかもしれない。それならそれで構わないが、彼らが私にした告白については別問題だ。きちんと説明してもらわなければならない。
(折笠先生、に呼び方が戻っている)
あの家に居た時は気づかなかったが、今思えば、兄夫婦との会話では如月君も愛斗君も私のことを「睦月先生」と呼んでいた。名前呼びなんて親しい人が呼ぶものだ。ただの塾の上司とアルバイト、ただの塾講師と生徒の関係。そんな彼らに「先生」はつけていたが、名前で呼ばれていた。そして今、彼らは私が運転する車に乗っている。
「如月先生、信号が赤だよ」
「こんなところで事故起こすなよ、先生」
運転中に考え事をしてはいけない。じわりと熱くなった頬を片手で隠し、少年二人の指摘に慌てて車を発進させる。それ以降、如月君の住むアパートに着くまで誰も口を開くことなく車内はとても静かだった。
車を走らせて30分ほどで如月君のアパート近くに到着する。長居するかもしれないので、近くのコインパーキングに車を停めてアパートに歩いて向かう。空はいよいよ雨が降りそうなほど雲が厚くなり、私たち三人がアパートの軒下にたどり着くと同時に大粒の雨が勢いよく降り出した。天気予報では夕方から雨と言っていたが、雨の予報がだいぶ早まったようだ。
如月君の部屋は三階建てのアパートの二階だった。階段を上がって部屋に向かうが、私は初めての男性宅訪問でとても緊張していたのに、そんな私の気持ちに気づくことなく、二人はさっさと部屋に入ってしまう。私も慌てて二人の少年の後に続いた。
「お、お邪魔します」
「狭い部屋ですが、どうぞ」
「これは狭いな。俺たち三人で住める広さではないな。あと、けっこうぼろい」
愛斗君の変な発言は無視することにした。部屋は1Kの大きさで玄関を抜けるとすぐにキッチンがあり、その奥に洋室が一部屋あった。アパートの外観は結構な築年数に見えたが、部屋の中はリフォームしたのか、壁は白く、床のフローリングも明るい茶色で古くも汚くも感じなかった。私たちは奥の部屋の簡易机の周りに集まり、床に乱雑に置かれていたクッションを使って床に座る。机の横にはベッドが置かれていた。
ふと時間が気になり、スマホで時刻を確認すると午後1時30分だった。昼食を食べていないことに気づいたのは私だけではなかった。
「そういえば、お昼を食べていませんでしたね。どうしましょうか。家には即席めんくらいしかありませんが」
「腹が膨れればそれでいいんじゃないか。今から外に出て買い物するのは面倒くさい」
「こんな天気なら余計にそうですね」
部屋の窓から見える景色にため息が出た。大粒の雨はあれからずっと降り続いている。傘を持ってきていないので帰るころには止んで欲しい。雨の降る音も大きく、それだけで気分が憂鬱になる。
ぐうう。
「先生の身体は正直ものですね。すぐに準備しますね」
「俺も手伝う」
いくら雨音が大きくても、私の空腹の音を消すことはできなかった。
如月君は席を立ってキッチンに向かう。そのあとに続いて愛斗君も手伝うために立ち上がる。私のことを笑ってくれればいいのに、二人は真面目な顔で昼食の準備を始めた。その好意が逆に私にとって苦痛だった。
「わ、私もてつだ」
「気にしないでください。どうせ、これからは当番制でやってもらうことになりますから」
「そうそう、ていうか、折笠先生って料理はできる?まあ、出来なくてもやってもらうけど」
二人の仲はどこで深まったのかわからないがかなり親密にみえた。そして、かなり機嫌がよさそうだ。上機嫌にキッチンで即席めんにお湯を注いでいる二人の様子は微笑ましい光景だ。とはいえ、私は成人男性には興味はない。
それにしても。
先ほどから彼らはしきりに話の中で「三人での生活」を強調している気がする。それは如月君と愛斗君、私の三人での生活、ということだろうか。そんなありもしない未来について語ることに意味があるのだろうか。
ぐうう。
意味があるのかないのか、考えることも面倒になってきた。身体は空腹の限界を訴え続けている。私はおとなしく彼らが準備する即席めんを静かに待つのだった。
「ごちそうさまでした」
外が雨で部屋の気温が低くなっていたようだ。用意してもらった即席めんの温かさにほっとする。空腹ということもあり、あっという間に即席めんのカップは汁だけとなった。食べ終わると、気を利かせた如月君が温かい緑茶を出してくれた。如月君の彼女に選ばれる人はきっと幸せ者だろう。
「では、これからのことを話していきましょう」
お茶をありがたく味わっていると、如月君が口を開く。真剣な表情の如月君に視線を合わせると自然と背筋が伸びた。愛斗君も一口お茶を飲み、視線を如月君に向けた。
「僕たちは何者かによって子供の姿になる呪いを受けてしまった。でもそれは、同じ呪いを受けた者同士のキスによって元に戻ることがわかりました」
「とはいえ、それがどのくらい持続するかはわからない」
「そうです。なので、元の姿に戻ったと安心するにはまだ早いと思います」
「元に戻った時に備えて、俺たちは一緒に住んだ方が何かと便利だ。ここまでは理解できるか、先生?」
「お二人が一緒に住んだ方がよろしいのはわかります」
二人の同棲についてはわかるが、そこに私が加わる理由はいまだにわからない。
「しかし、僕は男二人で生活するなんてまっぴらごめんだ。何が楽しくて男と同棲なんてできる?」
「俺も愛斗さんと同意見です。元の姿を維持するためには、彼と生活が不可欠ですが、男二人の生活は厳しいです」
男二人の生活が嫌で、女の私がいる三人がいいなんてあるだろうか。私なら、どちらもお断りだ。なんなら実家暮らしで、すでに家から出なくてもいいかと思うほどの面倒くさがり屋である。他人と暮らすなんて、結婚するまでないと考えていた。そして、その結婚も最近はあきらめかけていた。
「俺は、自慢ではないですが、女性には困らない生活をしきました。なので、女性について少しは理解していると思います。今まで付き合った女性たちと如月先生は明らかに違っている」
「それはどうも」
「自慢じゃないって、明らかに自慢にしか聞こえないぞ。まあ僕もそこそこ女とは付き合ったことがあるが、確かに先生みたいな人は初めてだ」
「ほめられているようには聞こえないですけど」
『だからこそ』
ここで二人の声がきれいにハモリを見せた。イケメン成人男性二人のモテ自慢が急に始まった。そんなことをモテない女性に話して何がしたいのだろうか。二人は私に精神攻撃をして面白いと笑うような性格の悪い人間には見えない。首をかしげている私に、今度は二人そろって大きなため息を吐く。あまりのシンクロ具合に感心してしまう。
「先生には失礼ですが、先生みたいな俺の元の姿になびくことのない人間に久しぶりに会った気がします。そして、それがどんなに貴重な人間かって今は理解できます」
「そういう奴を僕の努力で振り向かせるのもありだってことだ。燃えてくるぜ」
「はあ」
話が全く見えてこない。いや、実際はなんとなく彼らの言いたいことがわかりつつある。これはよくある二次元の恋愛の展開と似ていた。
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