11 そして
その夜、彼女の彼氏は彼女の顔の右側を殴る。その夜、彼女の彼氏は彼女の顔の左側を殴らない。その夜、彼女の彼氏は彼女の顔の右側の痣の上を殴る。それが彼女の反撃を後押しする結果になる。
彼女は彼を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の目が驚きに見開かれる。
彼女は彼を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の耳が自分の殴られた音を聞く。
彼女は彼を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の口から最初は呻きがついで嗚咽が漏れはじめる。
彼女は彼を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の鼻の骨が彼女の拳の衝撃にへし折られる。
彼女は彼を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の顎の付け根が彼女の拳の衝撃にグラグラと揺れはじめる。
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の目のまわりが赤く晴れ上がる。
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の耳のまわりが赤く晴れ上がる。
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の口のまわりが赤く晴れ上がる。
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の鼻のまわりが赤く晴れ上がる。
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 彼女の彼氏の顎のまわりが赤く晴れ上がる。
そして彼女は彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 静かに落ち着いて、殴る、殴る、殴る!
そしてぼくも彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 静かに落ち着いて、殴る、殴る、殴る!
彼女の彼氏の額が切れて、彼女の彼氏の顔でもう殴るところがなくなってしまう。だから彼女は彼女の彼氏の他の部分を殴りはじめる。彼氏の気を失わせないように細心の注意を払いながら冷静に、彼氏の正気を失わせないように細心の注意を払いながら落ち着いて、彼女は/ぼくは自分が蒙った彼氏の狂気を彼氏の中に返し終えるまで冷静に落ち着いて力強く、彼女は/ぼくは彼女の彼氏を殴る、殴る、殴る! 殴り続ける。
彼女の彼氏が逃げていく。彼女の彼氏が後退って逃げて行く。彼女の彼氏が後退って逃げて行ってキッチンに逃げ込んで果物ナイフを手に構える。
けれどもその目は彼女に対する恐怖に怯えていて、けれどもその手は彼女に対する恐怖に震えていて、だから彼女の彼氏にできることはもう命乞いしかなくなってしまう。
けれども彼女は彼氏を殴る、殴る、殴る!
けれどもぼくは彼氏を殴る、殴る、殴る!
彼女の中に別の快感が生まれてきて、ぼくの中にも別の快感が生まれてきて、そうしてようやく彼女の手がぼくの手に重なってきて、そうしてようやくぼくの手が彼女の手に重なってきて、そうしてようやく彼女全体がぼくに重なってきて、そうしてようやくぼく全体が彼女に重なってきて、そうしてようやく彼女とぼくがひとつの身体と心を取り戻していって、そしてようやくぼくと彼女がひとつの心と身体を取り戻してゆく。彼氏のDVが原因となって毀れて捩れて離れ離れになってしまった彼女とぼくが今このときにようやくやっと本来の姿に戻って、ひとつになって、そうしてこの先の新しい人生に目を向けられるようになってゆく。
「さあ、あなたが言って、あなたが心から言って、あなたが心からわたしと別れたいと言って、あなたが心からわたしをあなたの一方的な愛から自由にすると言って、そしてあなたが心からそれを態度で示して! そしてこのわたしをあなたの恋人から単なるあなたの血の繋がった姉に戻して! ねえ、お願いだから、そんなわたしの願いを聞いて! ねえ、お願いだから、このわたしのそんな願いを叶えて!」(了)
彼女とぼくの物語 り(PN) @ritsune_hayasuki
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