第9話 修道女セリアーヌ

 

「つ、ついに……憧れの聖女様の元までやってきました!」


 厳重な警備が施された城門と遜色ない柵を抜けて、聖女補佐役に選ばれた修道女、セリアーヌは大きく深呼吸をした。


 視界を一杯に覆う長閑な庭園。平民の出であるセリアーヌにとって一生縁の無さそうな屋敷。そして王が威信をかけて作ったという教会に圧巻されたセリアーヌは身を縮まらせる。


「聖女ルシアナ様、どんなお人なんだろう」


 セリアーヌは今の聖女がどんな人か知らない。


 彼女と同期の修道女はもちろんのこと、大修道女として長く大聖堂に籍を置く先輩も知らない様子だった。


 それもそのはず。今代の聖女は特例も特例で、まだ魔術学院の生徒であるからだ。


 ……でも、きっと素晴らしい人物なんだろうな。


 神が選んだ人物なのだ。お優しくて、しっかりとしていて、聡明であって、それでいて……


 なんだか抽象的なことしか言えませんが、とにかく想像もつかないほどの御方なのは間違いのないことでしょう。


「でも、どうして自分なんかが聖女の補佐役に選ばれたのでしょうか?」


 セリアーヌは疑問を抱いていた。なぜ高名な修道女ではなく、新入りの自分なんかが選ばれたのか。それに関しては未だに釈然としていない。


 確かにセリアーヌは同期の中では飛びぬけて『加護』が強いと言われてはいたが、まだ修道女としての経験が浅い。本来は大修道女の先達に仕えるような立場である。


「……あのーすみません」


 屋敷の呼び鈴を鳴らして、軽く扉を叩く。すぐに男の人の声で「入っていいですよ」と許可があったので、恐る恐る屋敷の扉を開けた。


「し、失礼します!私、セリアーヌと申します!大聖堂から派遣された修道女で……って、あれ?」

 

 セリアーヌを出迎えてくれたのは男性だった。これまた若く、執事というには身なりが平凡で、失礼だが、どことなく自分と同じような平民を意識させて肩透かしをくらった。


「初めまして。セリアーヌ様ですね。お話は伺ってますよ」

「え、っと、あなたは?」

「私はハル・オーウェンスと申します。聖女様の、その、付き人というか、」


 後半はしどろもどろになりながら、その男性は自己紹介をする。ハル・オーウェンス。その名前はセリアーヌも聞き及んでいた。


「もしかして噂の聖女様の夫となられた方ですか!?申し訳ありません!不遜な態度で!」

「いえいえ!自分はあの、そんな大層なものではありませんから!」

「そんなわけがありません!神が直々に名指しした殿方です!平凡そうだなんて失礼を!」

「そんなこと思ってたの!?」


 互いに腰を低くして対応するどこか可笑しなやり取りがしばらく続いた。


「とりあえず、聖女様はすぐにいらっしゃるので、屋敷の外で待っていてください。中で待たれると色々と面倒なので……」

「いえ!私は聖女補佐役となる身です!どうか私に任せてください!」


 セリアーヌはハルの静止を何度も振り切って、ついには聖女が暮らす二階の部屋にまでついてきた。


「ルシアナ。補佐役の方がお見えになってるよ」


 ハルは扉越しにルシアナにそう言って聞かせた。しかし、返事がない。


「昨日、夜更かしし過ぎたせいかな。この様子じゃ二度寝してるな」


 ハルは困ったようにポツリと呟きました。


「聖女様が二度寝するなどありえませんし、きっと聖女様の身になにかあったに違いありません!」


 セリアーヌは聖女の安否を確かめるべく扉を開いた。


「んんぅ、はるー?起こしに来てくれたのー?」

「さっき起こしに来たばかりだよ。ルシアナが準備するからって出て行ったじゃないか」


 そこには私が想像していた聖女様の姿はありませんでした。


「あ、セリアーヌさん。ちょっと部屋の前で待機してくれますか?今、起きたみたいで……」

「あの……聖女様、ですよね?」

「そうですけど?」

「本当に、聖女様……なんですよね?」

「はい。まあ屋敷ではこんなのですけど」


 夫のハルに補助されて、ようやくベッドかは起き上がって、着替えを始めるルシアナ様はまさしくダメ貴族そのもので、私の聖女に対するイメージはガラガラと音を立てて崩れていきました。


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民から絶大な支持を誇る【聖女】は腹違いの妹だった。〜神のお告げを利用して無理矢理婚約させられました〜 春町 @KKYuyyyk

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