第8話 募集 聖女補佐役

 私が聖女になってから一週間が経過しました。聖女の仕事は(主に精神的に)に過酷ですが、なんとか務まっています。


 結婚生活も順風満帆。まだハルは私に積極的にはなってくれていませんが、少なからずの好意を持ってくれていることが感じ取れます。


 そして何よりも生活水準がすごく良くなりました。


 私は昔から朝が苦手なのですが、ハルはそんな私を気遣ってくれて朝食の準備、そして聖女の服の用意、果てはお湯が入った洗面器を準備してくれます。温水の布を当てられて微睡から目覚める心地はまさに天界にいるような気分でした。


 もう一級の執事を雇っている感覚です。どうしてハルはこんなにも生活能力が高いのでしょうか。


「あー……えっと学院時代に男爵家の娘さんのところで、ちょっとだけ働かせて貰ってたんだよ。その子がだいぶ、その……お世話し甲斐がある子だったというか……」


 ……ふーん。


 そのことについてはあとでゆっくりと問い詰めるとして、ともかく私は伯爵家の令嬢として過ごしてきた時よりも、ずっと快適な生活を送れていました。


 私生活は何も言うことがありません。合格点以上で、私は大変に満足しております。


 しかし聖女としての問題は山積みです。


「ルシアナ。今日もアマルダ伯爵から手紙が届いているよ」

「またあのお方ですか。一度はお断りしたはずなのですが……」

「今回は魔術の披露会だってさ。宮廷魔術師も何人か呼ぶそうだよ」

「……その手紙に国王の印がありますか?」

「……見当たらないね」


 手紙にある朱印を確認したハルは首を横に振りました。これで何度目かわからない国家非閲覧の招待状になります。

 

「はあ……ということは、これも内々の会合ですか」


 私宛に貴族からよく手紙が届くようになりました。


 内容は舞踏会へのお誘いや、はたまた私的な茶会などへのお誘いです。このような内容は多岐に渡りますが、要約すると「当家に来て欲しい」というものばかりで困り果てています。


 こういう手紙は令嬢の時からあったのですが、その頃はお父様のご威光があったりしてごく少数の国か手紙の主以外で信用のなる貴族を介した認められたものばかりでした。


 だけど、今は直接的な後ろ盾である家名を失い、更には伯爵家の令嬢よりも魅惑的な地位を手にしたのです。貴族達からすれば、どうしても私と縁を作っておきたいのでしょう。


「むう、厄介ですね。断り過ぎると印象があまり良くありませんし、かと言って、こういった政治的思惑のある会合に一回だけでも顔を出すと引っ込みがつかなくなります。最善は代理の者を行かせることなのですけど……ハルにその役目を押し付けるわけには……」


 ハルをあまりこういった汚らわしい場所に行かせたくありません。ハルは今でこそ聖女の補佐役として公に認められていますが、元は平民以下の流浪の民です。貴族社会の場ではきっと浮いてしまうに違いありません。


「じゃあ、やっぱり僕以外にも補佐を任命するべきじゃないかな?」

「……ですが、それだと……」


 せっかくの新婚いちゃいちゃ生活が台無しになります!!!


 私は心の中でそう叫びました。


「一応、貴族から後ろ盾になる旨の申し入れがあったんだけど……」

「あのアールハバート公爵家、なんですよね」


 蝙蝠らしく抜け目のない男です。あれからもちょくちょくと手紙をよこしてきますが、そのどれもが丁寧に舗装された公爵派閥への道。


 手紙の内容を受け入れてしまえば、私はウーデルド王の間接的な敵になるどころか、公爵派閥の旗印として祭り上げられるでしょう。


「ルシアナは十分承知していると思うけど、あの家と関わるのはよした方が良い」

「そうですね。噂に過ぎませんが、傭兵崩れの盗賊を雇っているなどの話も聞きますし……まあ、それに関しての嫌疑は置いても、今の当主、フィレンス伯爵は信用なりません」


 このままじゃ八方塞がりです。現状維持は悪手も悪手。すぐに行動を起こさねばなりません。


 私は「うー、うー」とベッドの上で呻ります。


「……わかりました。ハル以外にも聖女補佐役を雇いましょう」


 苦渋の選択の末に私は聖女補佐を新たに雇うことにしました。


 アールハバート公爵家に汲みするよりはずっとマシですが、ううう……二人きりの職場がぁ……


「僕もそれが良いと思うよ。……というか、正直に言ってしまえば、こんな広い屋敷を二人で管理するなんて不可能だし……」


 ハルは申し訳なく小声でそう告げます。


 ……なんのことでしょうか?


 屋敷に住まわせるなんて一言も言っていません。


 私は聞いていないふりで押し通します。

 

「ですが!このお屋敷には立ち入り禁止の条件で!」

「ええぇ~……」

「神がそう言っています!」

「……なんでもかんでも神様の名前を出せばいいと思ってない?」

「思ってません!」


 聖女の補佐役に任命されるのは私のように【加護】を持った女性で、前代の聖女の傍にも次期聖女候補となる方がたくさんいらしたと聞き及んでいます(私はそもそも若すぎて呼ばれませんでしたが)。


 補佐役は大聖堂では修道女と呼ばれます(神官と同じく家名を捨てた神職)。


 しかし修道女は大聖堂ではなく、聖女の住まうお屋敷に住み込みで働く役職らしいのです。


 勿論、今回に限り、そうはさせませんが。


「王に聖女補佐を新たに雇いたいと手紙を出します。ハル、紙とペンを持ってきてくれますか?」

「はいはい。聖女様の命令とあらばなんなりと」


 王は私を手放したくないはず。ましてや公爵派に渡るなんて以ての外です。多少の融通は聞いてくださるでしょう。


「募集人数はひとます一人。理想は中立の家出身の修道女ですが、そうでなくとも、なるべく伯爵派閥出身じゃない人間が好ましいですね。……心配しすぎでしょうか?……まあ、それについてはウーデルド王に直接手紙を送るので大丈夫でしょう」


 

 私は王宛ての手紙をしたためると、聖女の証である朱印を押しました。




 ……そうして一週間後、私の元に一人の修道女がやってくることになりました。

 


 

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