最終話 海にアヒルがいてもいいですよね?
気になるとはいったい何が……?
「ヒュドラ・サラサ対策はお前曰く不完全とはいえ、まだ新しいものだな?」
「え……ええ、そうですね。本当にごく最近になって分かったことです」
「しかも話の内容からして、その調査や対策立案に関わる中心人物の一人だったんじゃないのかお前」
「ええ……まあ……?」
「海妖対策士でもない俺には詳しいことは分からんが……そういうのは携わった人間が責任をもって記録をまとめ、国に報告したり本にして他の対策士たちに周知共有するべきものだろう。そのあたりの仕事はもう終わらせてきたのか?」
…………。
……ええと、はい。
「エンテ、目がすごい泳いでる」
「おい、そういうのつっこんでやるなよヴェルガー……!」
双子さんのお声が私の耳の右から左へ流れていく間にも、アクイラさんの空色の目が怪訝になっていきます。
記録のまとめと国への報告と本にする作業。発表。はい。ええ。
「え、エンテちゃん……。いや、アクイラもほらそういう立ち入ったことはさ……」
愛想笑いの私とアクイラさんを交互に見ながら、なんとか穏便に治めようとしてくださるシュエットさんにはたいへん申し訳ないのですが……。
ここはもう、正直に言わないとこの船長様ぜったい納得してくれないです!
「……全ッ部! 先輩たちにブン投げてきました!」
「そんなことだろうと思った!」
白旗をあげた私に、すかさずアクイラさんの怒声が降りかかってまいりました……。
ヒエエ予想通り!
「自分の仕事を放り出してきたのかお前は⁈」
「だって! 仕方ないじゃないですか! 正直しんどいけど研究結果まとめなきゃなーと思ってはいたんですよ⁈ そんな時にちょうどアクイラさんが派遣依頼なんてしてくるからぁ!」
「……お前、まさかとは思うが書類仕事から逃げれると立候補して飛びついてきたわけじゃないよな……?」
「ヒェッ……い、いえ! そんなことは決して! 『一番優秀な対策士を』とのご依頼だったでしょう⁈ 私そこまで図太くございません!」
ええ、実践に比べて書類仕事がちょっとしんどいからとかそんなことは断じて!
ただまあ先輩がたがひっそり「この条件だと現場向きなのも含めてエンテだよなあ」「でも今、まとめ作業中にエンテに抜けられるのはなあ」「いやでもなあ」と困り顔してらしたのは知っていましたけども……。
そして最終的に渋々私を派遣すると決定し送り出してくださったことに申し訳ないとは思いつつ、一番優秀という条件で私を選んでくださったことに嬉しくもなったり……していましたけども!
それに何より、冒険者の方々が私たち海妖対策士を必要としているのなら優先しなくてはと思いまして……。
「まったく……! おいファルケ、船を転回させろ。キクノス王国に戻るぞ」
「えっ」
「えっ」
私がファルケさんが同時にまったく同じ反応をするのをジロリと睨むアクイラさん。
いや目を吊り上げてらっしゃるアクイラさん本当に怖い!
お会いした時にも思いましたが美人の怒った顔は迫力がありすぎます!
「優先してやるべきことを抱えているなら先にそう言え」
縮み上がって下を向いてしまった私ですが。
上から降ってきたアクイラさんのお声が、思いのほか凪いでいると気付いて。
「海妖対策士に俺たち冒険者は支えられている。その発展の邪魔はしたくない」
恐る恐る顔を上げてみれば、いつのまにかもう怒った顔はしていらっしゃいませんでした。ただまっすぐ静かなお顔。
シュエットさんもファルケさんもヴェルガーさんも、困ったような微笑ましそうな、そんな顔をして私の方を見てくださっています。
ポカンとして皆さんを見上げていたら、アクイラさんが少し首を傾けて腕を組まれました。
「まずはお前の仕事をきちんと終わらせてこい。俺たちはまた支度し直して、改めて研究所に派遣依頼を出す」
「は、はい……。ということはあの、その……」
「なんだ?」
「そうなると私、やはり……チェンジ……でしょうか……?」
「そんなわけがないだろう」
——即答。
自分で言っておいて何故だか泣きそうになっていた私に、アクイラさんは綺麗に微笑んで。
「俺は一番優秀な海妖対策士を頼むと言ったはずだぞ、エンテ」
……拝啓、いつかこの人に思い知らせてやると意気込んだ数日前の私。
シンプルに無理でしたよ。
逆にめちゃくちゃ思い知らされましたよ。わからされる羽目になりましたよ。おのれ悪の船長め。
耐えられず火を吹きそうな熱い顔を抑えてしゃがみ込んだ私を見て、不思議そうに瞬きしたアクイラさんが一言。
「お前、そうしてると本当にアヒルに似ているな」
「今またそれ言います⁈」
前言! 撤回!
わからされてなんぞやるものですかマジの意味でのこの悪の船長様なぞにッ!
「アクイラもアクイラで、要らないところで要らないことを言うから悪いよ」
「な。ま、アヒル可愛いんだけどなー」
「はは……実際、アクイラの一番好きな生き物ってアヒルだしねえ」
——湧き上がる闘志のままバネのごとく立ち上がってアクイラさんに噛みついた私は、ひっそり交わされていた双子さんとシュエットさんのこの会話を知る由もありません。
帰港後に泣いて喜ぶ先輩たちと共に有無を言わさず書類仕事に追われ、ろくにお日様を見れないモグラのような生活を続けていた私が再びミグラテール号に派遣されたのはそれから二ヶ月後のこと。
今度こそ長い冒険の旅になるのですが——それはまた、別のお話です。
◆ 完 ◆
海妖対策士エンテの航海記 陣野ケイ @undersheep
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