モーモーファイヤー!!

蘭野 裕

モーモーファイヤー!!

 さわやかな休日の朝……のはずが、俺の貴重な惰眠時間はスマホのバイブレーションにうち破られた。

 また休日出勤か?

 仕方なく電話に出る。


「オレだよオレオレ。助けてくれよ。いまからそっち行っていい?」

「チッ……今どこにいる?」

「あなたのうしろにいるの♡」

「うるせえよ。トイレが先な」


 いっそ休日出勤であってほしかった。オレオレ詐欺には狙われる要素がない。つまり年齢、子孫、そして金。

 しかし腐れ縁の悪友の裏声が、通話と同時にドアの外からも聞こえていた。

 どうせまた、なけなしの金の無心にでも来る腹だろうが、このまま喋らせていては近所迷惑だ。

 小用を済ませてドアを開けた。

「来ちゃった♪」


 彼は朝飯もうちで食う気まんまんだ。

 居間のテーブルの一画に陣取るとテレビをつけ、思いっきりくつろぎだした。


「焼肉食いてえ!」

「無理!!」

「知ってた」


 俺は湯を注いだカップ麺を二つ置いて、3分待つ間に着替えて洗顔した。

 

「……少子化の原因のひとつと考えられている教育費の負担……」


 テレビがニュース番組になっているのは、俺が昨夜見ていたチャンネルのままでたんなる惰性だ。


「なんでも物事、ちょうど良いままでいないよな。振り子みたいにあっちへこっちへ両極端だ」


 友人が珍しくしんみりと呟くのを聞きながら、俺はスマホの時刻表示を見てカップ麺の蓋を剥がした。友人もそうした。

「いただきます」


「……たくさん生まれすぎた子供を間引いていながら、家畜を財産として大事にした時代もあったのになあ……。いや、今でもそんな地域があるんだろうな」


 さっきの続きのように友人はまた呟く。ニュースの話題から思い浮かんだことらしい。

 チクリと胸が痛む。


 昔からこいつは一人っ子の俺を自分より恵まれていると思っている。「地頭の良さ」では俺に負けていないのに、きょうだいが多くて親に金をかけてもらえなかったために学校の勉強もその後の進路も遅れをとったと思っているらしい。


 俺は一時こいつに勉強を教えようとした。教え方が拙かったせいもあるが手に負えず、たまに宿題を写させるだけになった。

 とくに英語がダメだった。

 職場の部下などを「クビにする」のを fire というと知ったとき、何かのツボに入ったのかファイヤー、ファイヤーと連呼していた。しかし受動態の fired を理解できなかったし体の部位としての「首」もファイヤーだった。


 ところで彼の用件はいったい何なのだろう。自分で言うまで触れない。 

 深刻なことほど話すのに勇気がいる。

 あれこれ聞き出そうとしても要らぬお節介だと思われるのが関の山だ。


「最近ミョーな噂話を知ったんだ。知りたい? 知りたいって言って♡」


 いつもの戯けた調子に戻った。

 噂話なら彼の身に起こったことではないだろう。まだ雑談が続きそうだ。


「『牛の首』っていう怪談話があるだろ。聞いた人はあまりの恐怖のあまり三日後に死ぬって」


 それは俺も聞いたことがある。肝心の話の中身は一切語られず「死ぬほど恐い」という宣伝文句だけが広まっている都市伝説だ。

 笑える与太話というふうに話すので、俺もためらいなく笑って返した。

 

「ああ、バカバカしいよな。聞いたやつがすぐ死ぬなら広まるはずがないし、だいたい死んだ理由がそれだったら他人が分かるはずないもんな」

 

 友人はもう笑っていなかった。


「バカバカしくなんかねえよ……。オレ、このままだとあと二日で死ぬんだ」


「何故」


「詳しい経緯は言えないが……聞いちまったんだよ……『牛の首』を」


「……待て待て、お前に話したやつはどうなった?」


「聞いてくれて助かったって言ってた」


「まじか。他人に聞かせれば助かるのか? そいつ今どうしてる?」


「LINE交換するの忘れちゃった」


 それは他のもっと手間のかかる連絡手段も使えないことを意味する。本当に助かったか確かめる方法がない。


「てへぺろ」


 友人はむりやり口角を上げて舌を出した。

 こんな絶望的なテヘペロを初めて見た。


「とある貧しい村でね……」


「おい、やめろ」


 話はもう始まっていた。俺は立ち上がって後ずさる。狭い部屋で出入口の段差につまづいた。悪友が迫ってくる。


「このままでは、みぃんな……」


「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」



(了)

 





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