記憶のラビリンス
藍埜佑(あいのたすく)
記憶のラビリンス(ショートショート一話完結形式)
あなたは、記憶を操作することができる最新の科学技術「メモリア」を使っている。メモリアは、脳に埋め込まれたチップとスマートフォンに接続されたアプリで構成されている。アプリからは、自分の記憶を任意に選択して再生したり、削除したり、編集したりすることができる。
あなたは、メモリアを使って自分の過去を忘れようとしている。あなたには、愛する人を亡くした辛い記憶があるからだ。
あなたの愛する人は、あなたと同じ大学の研究室に所属していた。彼女はメモリアの開発者の一人だった。彼女はメモリアに夢中で、自分自身を実験台にしていた。もちろんあなたは何度も止めたが彼女は聞く耳を持たなかった。
ある日、彼女は事故に遭った。研究室で爆発が起きて、彼女は重傷を負ったのだ。あなたはその場に居合わせて、彼女を助けようとした。しかし、彼女の体に埋め込まれていたメモリアのチップが暴走し、彼女の脳そのものにダメージを与えてしまった。
彼女は意識不明のまま病院へ運ばれた。医師からは回復の見込みがないと告げられた。あなただけが彼女に付き添っていた。あなたは彼女の手を握り、彼女の記憶をメモリアで再生した。彼女と出会った日、初めてキスした日、一緒に旅行した日、プロポーズした日……あなたは彼女との幸せな思い出を何度も何度も再生した。涙が止まらなかった。
しかし、同時にそれらの記憶はあなたの心に深い傷を残した。あなたは彼女との別れをどうしても受け入れられなかったからだ。だから、あなたは意を決してその記憶を削除しようと決めた。
しかし、その記憶を削除することは簡単ではなかった。メモリアには、安全性のために削除できる記憶に制限があった。重要な記憶や激しい感情的な記憶は削除できないようになっていたからだ。それらの記憶は、人間のアイデンティティやパーソナリティに関わっており、削除するのはあまりにも危険だった。
そこで、あなたは別の方法を考えついた。メモリアの編集機能だ。編集すれば、削除できない記憶も変えられるかもしれない。
あなたは、彼女との記憶を編集し始めた。彼女と出会った日を変えた。初めてキスした日を変えた。一緒に旅行した日を変えた。プロポーズした日を変えた。
あなたは、彼女との記憶をすべて別の人物に置き換えた。あなたは、彼女との関係をすべて消し去った。
しかし、それでもあなたは満足できなかった。なぜならあなたはまだ彼女のことが忘れられなかったからだ。どうしてだ。記憶はすべて編集したはずなのに……。
しかし同時にあなたは異変に気がついた。あなただけでなく、世界中の人々が……彼女を知らないはずの人々が……彼女のことを忘れられなくなっていたのだ。
それは、「記憶のラビリンス」と呼ばれる現象だった。あなたが編集した記憶は、メモリアのチップから漏れ出し、他のメモリアユーザーに感染した。それは、彼女が事故に遭ったときに起こった暴走と同じ原理だった。
「記憶のラビリンス」は、人々の記憶を乱し、現実感を失わせた。人々は自分が誰なのか、どこにいるのか、何をしているのかわからなくなった。社会は混乱に陥り、法と秩序は完全に崩壊した。
あなたは自分が何をしでかしたのか理解したが、もう遅かった。あなたはメモリアを使って自分の記憶を元に戻そうとした。しかし、だめだった。あなたの記憶はすでに壊れていたからだ。
あなただけでなく、世界中の人々も愛する人や大切な人を忘れてしまった。すべての人間が「記憶のラビリンス」に迷い込んでいた。
そこに残ったのはただ「彼女にもう一度会いたい」という激しい渇望の記憶だけだった。
記憶のラビリンス 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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