後日談 愛情表現

 国王ルーサイスが、かつて婚姻を結んだ幼女ディアイラ。

 離婚したはずの彼女が再び王宮に戻ってくるらしいと知り、王侯貴族たちは噂話に花を咲かせていた。


「五歳だった子が、たった一年でずいぶん大きくなったらしい」

「魔法使いの家に生まれた女性だったんだってな。一年前のあの時、本当は十五歳だったとか」

「しかし姿は五歳で、陛下はそんなディアイラ様を妻に望んだんだったよな。陛下は本当の年齢を知っていたということか?」

「あ、当たり前だろう。知らなかったなんてそんな、恐ろしいことがあるわけ」

「だ、だよな! で、今は十六歳か」

「それでも、年齢が倍以上離れているけどな」

「若い好きなんだな、陛下は……」



「──と、そんな感じで言いたい放題言われているらしいぞ、俺は」

 背中から、サイスの苦笑混じりの声がする。

 私は、かぶっていたマントをはねのけた。軽く身体をひねってサイスを見上げながら、ちょっと呆れて言う。

「王宮の人たちは、事情を知っているからまだいいわよ。知らない人たちの前には、二人ではまだ、とても出られないわね」


 太陽の光が斜めに差し込む、新緑の森の中である。

 私とサイスは一頭の馬に二人で乗って、ゆっくりと進んでいた。二人で遠乗りに出かけてきたのだ。少し離れたところを、ハーディたち近衛騎士が数人、馬でついてきているのが見える。

 国王とその婚約者が遠乗りを楽しんでいる……なわけだけれど、三十四歳の国王の両腕に挟まっているのは、十歳程度の少女。五歳が十歳になったところで、幼な妻にもほどがある。そこで、ここまでは人に見られないよう、サイスのマントに隠れてやってきた。

 それでも、一度は離婚した相手を諦めきれなかった国王が、再び求婚して受け入れられた──という物語は、王宮では好意を持って受け入れられているようだった。


「お前が大きくなれば、民衆の前に出てもおかしくなくなる。その日が待ち遠しいな」

 サイスは大きな手で、私の頭をぽんぽんとやった。

「ちょっと。子ども扱いしないでよ」

「子どもだろうが」

「そうだけど!」

 こんなじゃれ合いも幸せで、胸が温かくなる。 


「そうそう、私、天才少女で通っているのよ。知ってる?」

 私はクスクスと笑ってしまいながら、教えた。

「一年後には王妃になるのだからって、王宮に通って王妃教育を受けてるんだけど、余裕でこなしているから」

 女王フランデリーナの記憶があるのだから、当たり前だ。

 私が女王の生まれ変わりだということまでは、サイスとハーディ、それにカーチャ──彼女には打ち明けて侍女になってもらった──くらいしか知らない。前世が『ワガママ女王』というのは、やはり外聞が悪いと思うので。

 自分のことなのに言えないのは一抹の悔しさがあるけれど、自分を偽っていた当時のフランデリーナのことは私も好きではないし、ディアイラを妻にするサイスの評判にもかかわる。隠しておくべきだと私がサイスを説得し、彼もうなずいてくれた。

 しかしその一方で、彼はこうも言った。

「その代わり、フランディに注げなかった愛情を全て、ディアに注ごう」


 そして言葉通り、彼は時間ができると、お忍びで会いに来てくれる。私の両親のことも大事にしてくれて、嬉しい。

 これまでの時間を取り戻すかのように、私たちはたくさん話をし、手を繋ぎ、互いの髪に触れる。でも、それ以上のことはしない。


 サイスは言っていた。

「俺はいずれディアと正式に結婚するのだから、フランディに顔向けできないことは決してしないし、する気にもならない。別離が長かったから、こうしてそばにいられて話ができるだけでも満足している」

「そうね……それは、私もよ」

 サイスのそばにいられること、それを幸せだと感じていることは、私も同じだった。


 しかし、今後も女性として見てもらえなかったらどうしよう……と心配になるのが、乙女心である。

(嫌ね。前世で結ばれなかったことを思えば、贅沢な悩みだわ)

 手綱を握るサイスの手に、私はそっと、まだ小さな自分の手を重ねてみるのだった。



 やがて、美しい湖が見えてきた。静かな水面に、周囲の風景が映ってとても美しい。空は青いし、最高の天気だ。

「湖を眺めながら、昼食にしよう」

 サイスは先に馬を下り、それから私をひょいっと抱いて下ろした。次に、鞍の後ろに縛りつけてあった敷物とバスケットを下ろす。

「ずいぶん大きいバスケットが二つも……何が入っているの?」

 木陰に敷物を広げながら聞くと、サイスは敷物の上にバスケットを置きながら言った。

「食料だが?」

「え」

 巻かれた革紐の金具が外され、ぱかっと二つのバスケットが開く。

 すると、中身は本当に、全部食べ物だった。


 冷製ロースト肉、スモークした魚やチーズ、それを挟むパン。

 挽き肉のパイ、野菜のキッシュ、壷に入ったスープ、ピクルス。

 甘くないビスケット、ジャムにクリーム、さらにケーキや果物。


 元々軍人だったサイスは、さっさと食器を出して食事の準備をしていく。私の手伝いなど必要ないくらい、手際がいい。

(食料、なんて言い方、無粋な。豪華な昼食ね)

 思いながら、尋ねる。

「サイスってば、こんなに食べるの?」

 するとサイスは、さっそく皿に料理を取り分けながら答えた。

「何を言ってる、お前のために用意させたんだぞ」

「そりゃ食べるけど。え? 主に、私が、ってこと?」

「もちろん。ほら」

 ひょい、と顔の前に、肉が刺さったフォークが出てくる。

「こ」

 言いかけた口に肉を入れられてしまったので、もぐもぐごくんと食べてから(美味しい)、続ける。

「こんなに食べられないからね、一年前も似たようなことあったけど!」


「……俺はな、ディア」

 サイスは、私の隣に座り直しながら目を逸らした。

「今までの分も、お前をこれでもかというくらい、愛して甘やかしたい。しかし、まだ、大人の女性として愛することができない……」

 どきっ、としながらうなずく。

「えっ……うん」

 サイスは顔を上げ、私の目をじっと見つめた。

「だから──今はこういうふうに甘やかすしかないよな?」


「……は?」

 瞬いた私の前に、今度はピクルスの刺さったフォークが差し出される。

「いや、いくら愛情表現だからって」

「子どもを甘やかすには、美味い食い物だろう」

「食べますけどっ!(ぱくっもぐもぐ)胃の大きさは決まってるんですからね?」

「わかってる」

「本当にわかってるの? ほらっ、サイスがたくさん食べてくれないと残っちゃうから、はい!」

「んぐ。ははっ」

 楽しそうに私の手から食べているサイスを見ていると、ついつい、子ども扱いでも愛されてるならいいか……と思ってしまって。

 私たちはあれこれ食べさせ合いながら、湖でのピクニックを楽しんだ。


 でもやっぱり、太る気がする。確実に。

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ワガママ転生! ~前世よりもっとワガママしたい幼女がつよつよな魔物を召喚したのに現れたのは国王陛下でした~ 遊森謡子 @yumori

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