紫煙
文重
紫煙
世の中嫌煙家が増えて、愛煙家は肩身が狭い昨今だが、煙草を吸いながら食事もコーヒーも酒も飲める稀有な店が新宿駅の地下にある。
演劇にのめり込んだ大学時代、啓介は店の一隅に陣取って、口角泡を飛ばす勢いで仲間と演劇論を戦わせたものだ。ビール1杯で粘れる、学生にとってはありがたい店だった。
就職して地元に帰ってからは、いつの間にかこの店のことも失念していた。久しぶりの東京出張。午前中の用件が早く終わり、午後のアポまで少し時間がある。
啓介は、カウンターでホットドッグとコーヒーを注文すると、喫煙エリアの奥にどっかりと腰をおろした。昔と変わらず満席の店内には、学生だけでなく業界人らしい姿も散見される。
ホットドッグを食べ終わると、背広の内ポケットから1本取り出してゆっくりとくゆらせる。紫の煙の向こうに、喧嘩別れした友の顔が浮かんだ。今度連絡をとってみようか。感傷に浸る男の耳には、店の喧騒さえもが心地良かった。
紫煙 文重 @fumie0107
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