2 美艶
夜は未だ朝を呼ばず、彼を縛ろうと紐を揺らしていた。
夜を封印した夏と冬を過ごした藤舞は、また月に呼ばれていた。
あの日から、変わった。
引きずり出そうとする大人はいなくなった。たったひとつの友達も。味覚も。嗅覚も。食欲も。血も涙もない。残ったのは古傷と、未だ如実に虹を潤す瞳だけ。
夜は美しい。
今日も藤舞はハマーの自転車で街を駆けた。
行き先なんてない。
ただ、ただ。
漂うように、生きるだけ。
意味なんていらない。
だって楽しいから。
孤独だから。
「なにも……ない、から……」
藤舞はナゴヤドーム向こうに舵を向ける。ゆとりーとラインの走る高架が照らす不気味に橙の道。時刻は夜九時をまわっている。とはいえそこは第三都市、車の流れは未だやまない。
名鉄瀬戸線矢田駅を越え、そのまま矢田川に下りる。冷たい水が、火照った頬を冷やす。
「それじゃ、いきましょう」
「ああ」
そこに停めてあった、スズキスーパーキャリイXリミテッドのキャンピングカーから、青い髪の女が降りる。女……とはいっても、声から推察するに元男性というところだろうか。
二人は赤い制服に着替えた。そのまま車に乗り込み、何食わぬ顔で道を這う。
「今日も誰かに、良い夜を」
完
おやすみなさい。
ナイトレガシー 桜舞春音 @hasura
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