彼が饒舌になる時
かさごさか
正気だと逆に何も思いつかない。
ミカミはその日、手伝いに来ただけであった。
歓楽街の地下は今日も混沌としていた。風俗であったり、ただの居酒屋であったり、数多ある中から下る階段を間違えると天国にも地獄にもなる。ここはそういう場所であった。
ミカミが階段を下りた先にあったのは
地下にある非正規の店など、いざという時に逃げ出しづらいのでミカミはあまり来たく無かった。しかし、都合のいい顔見知りへの丁度いい言い訳が特に思いつかなかったので、仕方なしに手伝いに来た。
最初はキッチンで軽食を作っていた。次第に人手が足りないということでホールへ出ることになった。気づけば今、ひとつの卓でミカミはカードを切っていた。
内心、違和感を覚えつつ薄暗い店内で客と腹の底を探り合う。正直言って、機嫌を損ねないよう挑発するのは疲れるのでやりたくないのだが、卓についた以上は避けて通れない道である。
ミカミを呼び出した顔見知りは、最初に仕事の説明をした後から姿を見ていない。とっくに店から出てしまっているのかもしれない。
ミカミも頃合いを見ながら適当に言い訳をして卓から離れると、男が1人近づいてきた。こういう場では知り合いを見かけたとしても他人のフリをするのが暗黙の了解となっている。しかし、彼は周囲に見向きもせずミカミの方へと向かってきた。
「
「よっ」
雨原と呼ばれた男は軽く片手を上げた。彼は雨原総合調査室という探偵紛いの仕事をしており、ミカミの友人でもあった。
「助手ちゃんは来てないの?」
「ばっかお前、こんなとこ連れて来れるか」
ちなみに女子高生の助手が在籍している。今日は夜遅くの依頼であるため雨原1人がこの地下に来ていた。良心がある人間なら夜遅くでなくとも、こんな場所に10代を連れてこようとは思わないだろう。
少し焦ったような表情を見せた雨原にミカミは「ははっ」と笑う。先程より比較的、肩の力が抜けたミカミに雨原は顔を近づけ小声で話し出す。
「それより、いいのか?アレ」
「?」
雨原はクラシカルなBGMと下品な騒音が混ざり合う空間の一点を指さし、ミカミの視線を誘導した。その先にはとてもよく見覚えのある後ろ姿があった。
背を丸めスロットを回している人物は、かつてミカミが拾って世話をしていた者であった。紆余曲折あり今では、なんとなく距離を置いている。
雨原からの問いに「まぁ、いいんじゃない?」とミカミは肩を竦めて見せた。
「顔合わせなくていいのかって」
「いいよ、別に。気ぃ遣わせるだけだし」
「気遣いって言葉自体、知らなそうだけどなぁ…」
つらつらと、会う必要がない理由をミカミは雨原に説明する。その饒舌さが、どんな経緯で、こんな場所に来たのか心配で仕方がないという表情を隠しきれていない証拠であった。
「お前らが、それでいいなら良いけどさ」
と雨原が短く溜め息を吐いた時、重たく短い音が一発、弾けた。
銃声である。
先程まで享楽にふけていた人々が、悲鳴と怒号しか出さなくなってしまった。客は皆、たったひとつの出入口へと向かって走る中、ミカミはスロット機が置いてある方をちらりと見てバックヤードへと向かった。
猫背の人物は姿を消していたので、こんな店から上手く出て行けたのかもしれない。そうでなくとも悪運だけは強いので、たぶん、おそらく、大丈夫だろう。
バックヤードには地上へと繋がる裏口がある。ちゃっかり雨原も着いてきた為、2人で外へ出ると商店街の一画へと繋がっていた。
寂れたシャッター街と化した商店街も真夜中になれば、どこも等しく静まりかえっていた。
「はぁー、こんなとこ繋がってんだ」
「もう二度と使うこと無いけどな」
ミカミは煙草に火をつける。雨原は腰に手を当て上体を少し反らした。
2人は再び歩き出す。向かう先は歓楽街。
「あー疲れた」
「わかる」
互いにそれぞれに事情があれど、疲労感を言い訳にとりあえずは何か1杯呑みたい気分であった。
彼が饒舌になる時 かさごさか @kasago210
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