うまい豆腐

頭野 融

うまい豆腐

 姜八郎が茅葺き屋根の小屋の暖簾をくぐる。


 越谷姜八郎:なんかおいしいもん、食わせてくれ。

 料理屋の主人:へい、越谷の旦那。何がいいっすか。

 姜八郎:何でもいいが、さっぱりしたもんが食いたいねえ。

 料理屋:なるほど、それじゃあ冷奴なんてどうしょう。

 姜八郎:いいね、そうしてくれ。


 料理屋の主人は水場に近づく。


 姜八郎:それにしても、なんでまた冷奴なんだい。

 料理屋:おお、聞いてくれますか。いい豆腐が手に入ったんでっさ。

 姜八郎:なるほど、いい豆腐とな。詳しく教えてくれ。

 料理屋:承知しやした。豆腐屋を呼んできましょうかね。あいつも旦那に直々に説明できるとなると喜ぶでしょうから。


 料理屋の主人はポケットからスマホを取り出し、ラインを送る。


 料理屋:おう、どうやら近くにいるみたいですぜ。すぐ来るとか。


 そう言っていると本当に豆腐屋がすぐに来た。


 豆腐屋:おお、本当に越谷の旦那がいらっしゃる。これはこれは。


 豆腐屋は大袈裟に頭を下げる。


 姜八郎:ああ、きみが豆腐屋か。主人がいい豆腐が入ったと言うもんだから、詳しく知りたくてね。

 豆腐屋:そういうことでしたか、それはそれは光栄です。何といってもこの豆腐作りは水が大事でしてね、今回はあの峰の奥の滝まで水を取りに行ったんですよ。それでそのあと――。


 豆腐屋が豆腐の話を続けるのを見かねた料理屋の主人が、奥からかつお節を持って出てくる。


 料理屋:この通り、いい豆腐が入ったんですが、今日はいい鰹節も入ったもんで。それで、ぜひ冷奴をと思った次第でして。

 姜八郎:なるほど、そいつはいい。その鰹節はどこから仕入れたんだい。

 料理屋:隣の村の一平からです。

 姜八郎:ほう、聞かぬ名前だが。

 料理屋:あっちでは名の知れた漁師だという話です。

 豆腐屋:ああ、一平か。そいつなら、ちょうど斜向かいの時沢に泊まっているとの話だったぞ。

 姜八郎:そんなこともあるもんか。話が早いな。よし、お前、呼んで来い。


 ぶっきらぼうに呼ばれて、どこからか小僧が飛んでくる。


 小僧:なんでしょう。

 姜八郎:時沢って旅館に一平という漁師が泊ってるらしいから、ここに呼んで来い。越谷姜八郎が鰹節の話が聞きたいと言え。

 小僧:分かりやした。


 小僧は飛んで来たのと同じ速さで店を出る。料理屋の主人はその間、別の話を豆腐屋に振る。


 料理屋:そういや、家で使ってる醤油もここのなんですぜ。

 姜八郎:なるほど、そうなのか。

 豆腐屋:へい、醤油も注文してもらって、ありがたい限りです。醤油は大豆と塩が主な原料です。だから、豆腐用に仕入れた大豆で醬油も作ってんです。この大豆はやっぱりこだわりがあって――。


 見かねた料理屋の主人が塩のこだわりについても訊ねる。


 豆腐屋:もちろん、塩もその辺の塩を使ってるってわけじゃあありません。海水を村から分けてもらって、自分が煮詰めてるんです。そうそう、その海水を一平から分けてもらってるんですぜ。

 姜八郎:ほう、ここでも一平かい。ますます会って話してみたくなったな。

 料理屋:ぜひ、一平の話も聞いてこだわりを知ってから、食べてもらいたいですな。



 そう言っている間、小僧はとんと困り果てていた。一平が雪隠から出てくるのをずっと待っているのだ。


 その後も時間は経ち、やっとのことで小僧は一平を引きつれて店に戻った。小僧を見た料理屋の主人がバツが悪そうな顔をした。そこには机を挟んで豆腐を食べる姜八郎と豆腐屋の姿があった。


 姜八郎:おう、小僧。ご苦労だった。お前も湯豆腐、食べるといい。こだわりの豆腐だからな、うまいぞ。


 姜八郎は小僧の前に取り分けた椀を突き出す。何も考えず小僧は湯豆腐にがっつく。傍ら、料理屋が一平に囁く。


 料理屋:旦那がお腹が空いて待ってらんねえって言うんで、豆腐は湯豆腐にして出しちまった。わざわざ来てもらったのに申し訳ねえ。

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うまい豆腐 頭野 融 @toru-kashirano

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