「言い訳する関係は長続きせんよ」とママは言った
丸毛鈴
「言い訳する関係は長続きせんよ」とママは言った
勉強だって運動だって就職活動だって、言い訳なんてしたことない。
いや、訂正。「したことない」は言い過ぎだった。高校時代に陸上部の練習がきつすぎて、英単語帳のノルマをこなさず寝た、とかはあった。それでも、人より言い訳が少ない人生を送ってきた自覚はある。
それなのに――。
「だってだって合コンって知らなくて、行ったら女の子がいて。酔っぱらっちゃって、気がついたら隣に裸の女の子がいたってわけで、ミヤちゃんがいちばん好きなんだよ俺。でも魔がさすことってあるじゃん。ミヤちゃんだってあるでしょ?」
言い訳だらけの男が目の前にいる。わたしは腕を組み直した。
「ない」
「えへへ」と笑ってごまかすな。
「いやいやあるでしょ、冷蔵庫に入ってた誰かのプリンを食べちゃうとかさ」
プリンと浮気を一緒にすな。てか、「誰かのプリン」って、ひょっとして相手は人様の彼女だったのか。気持ち悪いなオイ。と、頭で考えていたつもりが、つるっとすべって口から出た。「えへへ」って、おいおいおい。
「自分で言うのもなんだけど、わたし、はっきり言って美人だし、浮気しても言い訳ぐらい聞いてやる懐の広さもある。何が不満なんだ」
わたしは脚を組み直した。
「ないよ、不満」
「じゃー、なんで浮気すんの」
「えへへ」
色が白くて、栗色に染めた髪がくせっ毛でやわらかくて、笑うと目じりに皺がよって、弟気質で、「えへへ」と笑えばたいていのことが許されると思っている。イラっときて……
「そんなにセックスしたいんか!」
おしゃれなカフェの空気が凍った。
「す、すみません」
誰にというわけでもなく、わたしは立ち上がって頭を下げる。
脂汗をかいて座ると……
「ミヤちゃんのそゆとこ好き」
やっぱり「えへへ」と笑っている。ひとなつっこくて、懐にするっと入るとなかなか放り出せない。死んだパパもこんな男でロクでなしで、でも、わたしはやさしい笑顔で「ミヤちゃん」と呼びかけて、近所の子が持ってないようなちょっとおしゃれな服とか買ってくるパパが好きだった。弱くてすぐほかの女のところに逃げて、そのうちに病気になって「えへへ」と笑って死んでしまった。ママはそんな男のめんどうを最期まで見た。
「ミヤ、言い訳せな一緒におれんような男を選んだらあかんよ。『でもほっとけないし』とか、『でも子どもには優しいし』とか。そういう関係は長続きせんよ」
ママは喪服で煙草をふかしながらそう言った。あんな男を看取って、「長続きせんよ」もあるものか。
「えへへ。でも、いろんな子としたいよ、セックス」
目の前の男がとんでもないことを言う。そういえば、泣き腫らした目をしたママはあの日、「長続きせんよ」の後に言った。「言い訳多い男もあかんよ。言い訳せん男はもっとあかん」。あかんやん。これ、あかんやつ。
そういえばママも美人で、稼ぎもよかった。わたしはこの間、外資系の金融会社に就職決まった。ひとひとり養えるぐらいは稼いでいくつもりだ。
「そだそだ、ミヤちゃんが行きたいって言ってたお店あるじゃん。いっしょに行こうよ。おごるから」
今、あんたの浮気を激詰めしてんですけど!? でも、顔がいいんだよな。まつ毛ふぁさふぁささせながら、上目づかいでこっち見んな。
「ね、行こ行こ。あ、ミヤちゃん、コーヒーごちそうさま」
なんでここのコーヒー代、わたしが払ってんの。「ちょっ」っと言ったときには、ヤツはもう店の外に出ている。
でも、あいつ顔がいいし。笑うとうれしいし。わたしが第一希望の企業落ちて泣いてたら、風呂掃除して湯船張ってくれたし。「ミヤちゃんはがんばってるよ」って。わたしの部屋に入り浸ってても、ふだん、掃除なんてしたことないのに。
人より言い訳が少ない人生を送ってきた自覚は――あったはずだ。なのに、言い訳だらけの女が、ここにいる。
「言い訳する関係は長続きせんよ」とママは言った 丸毛鈴 @suzu_maruke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます