華やかな名前の地味JKは打たれ強い彼女が羨ましい

亜璃逢

華やかな名前の地味JKは打たれ強い彼女が羨ましい

「いやほらだから寧々ってば、横髪こうしたらいいのよ、くるくるくるってね」

「え~そうかな、那奈みたいに可愛ければ似合うかもだけどさ」

「そんなことないない、女の子はみんな可愛くなれちゃうんだから~」


 ああ、またおしゃれの話に花咲かしてるんだな、あの子たち。

 とりあえず、もう少し静かに話してほしいな。


「麗華、今日も難しそうな本読んでるね」


 隣の席から、声をかけてきたのは、去年の秋の文化祭でミスター敬愛に輝いた桜川悠翔。幼稚舎からの幼なじみだ。


「そんなことないよ、夏目漱石だよ」

 

 ちなみに、今読んでいるのは『坊ちゃん』だ。母の故郷が舞台の小説。

 

「みんな、小説ってもラノベとかWEB小説に走ってんじゃん」

「ん~、たまにはラノベもいいんだけどね、私はこっちかな~」


 ふたりでそんな話をしていると明るい声が降ってくる。


「ユートくん、レイレイとなに話してんの~」


 さっき、向こう賑やかに話していた那奈だ。

 3年でまた同じクラスになってから、よく、悠翔に話しかけているのを見かける。


   *  *  *


 七瀬那奈。


 忘れもしない。

 入学式の日に、教壇前にある私の机を巻き込んで盛大に転倒した彼女。

 鼻骨が折れてしまい、しばらく学校に来られなかったんけれど、実は巻き込まれた私も軽度とはいえ全治1週間ほどの怪我をしてしまった。あまりにも派手に怪我した彼女にみんな注意が向いていたけど、そばに来てくれたのは当時も同じクラスだった悠翔ひとりだった。


 那奈はこの高校の制服が可愛いと、隣の市から来たそうなんだけど、持ち上がり組のくせにその制服に着られている感が未だぬぐえないままの私も、もうあと2か月足らずでこの学校を卒業する。

ここは敬愛大学の附属学校園で、私は秋には敬愛の短大に進むことが決まったから、比較的穏やかな日を過ごしているわけなんだけど。


 “麗華”という名前と真反対のように地味で、友達がいないわけではないけれどひとりで静かに過ごすほうが好きな私は、あの大怪我の後、「いや~、初日からやっちゃったな~。私、もうお笑い枠!?」なんて明るく登校してきた彼女を、羨ましく思っていた。

 もともと、街でスカウトされるほど可愛い那奈は、あの派手なアクシデントをも味方につける強さもしなやかさも持っているんだなって。

 成績は中の上。でも、コミュニケーション能力がずば抜けて高くて1か月近くの勉強と人間関係構築の遅れを挽回していっていた。

 そんな、自分とは色んな意味で違う彼女がまぶしかった。


 悠翔と那奈、ふたりの会話を聞きながら、お似合いだなとなんとなく思う。

 チクンと痛んだ心を気のせいだとやり過ごして私は本の続きに目を落とす。


  *  *  *


 2月の半ば過ぎ、自由登校で教室に行ったら、バレンタインに那奈が悠翔に告ったらしいという噂が流れていた。しかも決定事項として。

 ああ、やっぱり、あのふたりは……。


 なのに、悠翔ったら、ほどほどに小さくてもよく通る声で話しかけてくるんだ。


「あ、麗華! いたいた。あのさ、麗華のお母さんとうちの母親、一緒に出かけてるらしくてさ、帰り、ご飯食べるから俺たちも合流しろって、LIMEきた」

「え。あ、そうなんだ。う、うん……」

 

 母たちは、昔からママ友だよーって仲が良くて、時折こういうことがある。

 なんとなく那奈の方を窺う。

 彼女はこっちを見ていて、私と目があった瞬間ふいっと視線をそらした。

 そうだよね、やっぱり、嫌だよね。ごめん、親たちも一緒だから許してと心の中で謝る。お母さんにも話して、今後は行かないようにしよう。


「麗華~? おーい」

「あ、ごめん。うん、わかった」


 お母さんたちに合流するまで、ふたり並んで歩く。

 なんだかみんなの視線が痛いよ。


「なんか、お前変だぞ?」

「え? そんなことないよ」

「そうか?」

「でも、なんか、那奈に悪いね。ふたりで歩いてると誤解されちゃいそう」


 悠翔の足が止まる。

 私も、足を止める。


「は? なんでそこで那奈がでてくんだよ」

「え、だって、那奈に告白されたって……」

「……っ。あ~、それか~、なんか今日よそよそしいなって思ってた」

「だって、彼女に悪いでしょ。やっぱりさ」

「え?俺、断ったよ」

「え? ……なんで」

「俺、好きな子いるもん、付き合えないっしょ」

「悠翔、好きな子……いるんだ。てか、いたんだ」

「うん」

「へ、へぇぇ……。どんな子なんだろね、悠翔の想う人って」


 なんだか気持ちがいっぱいいっぱいすぎて、変に突っ込んだことを聞いてしまった。


「今、目の前にいるんだけど」

「ふ、ふ~~ん。目の前にいる人なんだ」


 いやだ、聞いておきながら聞きたくない。


「うん、大事なことだからもう一回言うね」

「う、うん」

「目・の・ま・え・に・い・る。分かった?」


 私より悠翔を見上げれば、ちょっと色素の薄い彼の瞳には、私が映っていて。


「え……?」


「麗華だよ。俺の好きな子。ずっと昔から」

「は?」


 え、頭が追い付かない。


「あ~~、なんかこんな言い方重いな。でも、そうなんだ」


 私の両手が彼の大きな手の中に包まれ、きゅっと握られる。

 ちっちゃいころ繋いだ、そんなに大きさの変わらない手じゃない、今の悠翔の手。


「だって、でも、私なんて、地味だし、那奈みたいに可愛くないし、暗いし、制服だって似合わないままだったし、それに……」

「それにじゃない。で、なんでそこでまた那奈が出てくるんだよ。ほんとに」


 そう言って笑う彼がまぶしい。


「あ、そーだ。これから、“私なんて”は禁止ね。その“私なんて”を好きになっちゃった俺が、なんかサイテー野郎みたいだから。わかった?」


 私は、人形みたいにコクコク頷いた。

 まだ、悠翔の告白に返事をしていないことすら忘れて……。



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