夢じゃ生活できないので

奇跡いのる

第1話

 子供の頃に憧れたヒーローにはなれなかった。誰かの記憶に残るような人間にはなれなかった。野球選手にもサッカー選手にもバスケット選手にも、小説家にも漫画家にも歌手にもなれなかった。銀行マンにも弁護士にも公務員にもなれなかった。


 書き出してみると、如何に俺が優柔不断だったか分かるだろう。アニメやマンガや友達に影響されては、将来の夢をコロコロと変えて、何かを始めてはすぐに自分には才能がないのだと思い知らされる。それでも諦めずに続けていたら違う結果になっていたのかもしれないが、そもそも自分には努力を続ける才能がなかった。三日坊主、とは俺のためにあるような言葉だ。



 とはいえ、三十歳を目前にして正社員にもなれていないとは流石に想像もしなかった。それどころか、マトモに働くことも出来ていない。いや、そもそも学校にすら行けなかった。


 教育の義務、勤労の義務、納税の義務、国民である以上は果たさなければならないものを、俺は放棄し続けた。よって非国民である。消費税は払っているが、出来ることならそれすら払いたくない。


 俺はいわゆる、パラサイトニートだ。

 たまたま実家が裕福だったこともあって、働かずとも生活が出来てしまった。『いつかはこの子も本気を出してくれるはず』との両親の期待も空しく、三十路を前にブクブクと肥えていくばかりで、ろくな大人になれなかった。


 その日の俺は、かなり久しぶりに外の空気を吸った。

 二ヶ月か三ヶ月か、前回の外出時は厚着をしていたのに、すっかりと暖かな季節になっていた。


 用事を済ませて帰る途中の公園で、ストリートミュージシャンを見かけた。耳障りな下手くそな歌を必死になって歌っている。


「俺の方が上手く歌える気がする」と、独り言を言ったつもりだったが、それがたまたま曲の終わり際だったらしく、そのミュージシャン風情に詰め寄られてしまった。


「なんだよ、じゃあお前が歌ってみろよ」

「お、俺は別に歌いたくないし」

「人を批判するくらいなんだ、さぞかしうまいんだろ?」



 ミュージシャン風情も、後には引けないといった表情でまくしたてる。


 仕方ない、俺も本気を出す時が来たのだ。

 幸い、ギター経験はある。色んなことに三日坊主だったが、まさかそれが役に立つ日が来るとは。


「ギターを貸せ、歌ってやる」と大見得を切り、俺はミュージシャン風情からギターを奪い取った。


 エピフォンか。これも悪くはないが、俺の部屋にはギブソンのハミングバードがある。すっかりインテリアと化しているが。


 もちろん、ギターも三日坊主だったので何かの曲を弾けるわけではないが、『C』『G』『Am』『Em』『Dm』『D』『E』のコードの押さえ方くらいなら今でも覚えている。


 当然、『F』や『B』といった初心者が躓くコードに三日坊主の俺も躓いていたので、それは抑えられないが、昔のフォークソングなんてスリーコードで作られているものもあるくらいだ。俺にだって弾けるはずだ。


「聞いてください!俺で、『いいわけ』」



 ******


『いいわけ』

 作詞、作曲、俺。


 教室の中は

 今日も息苦しい

 噂話は

 俺に刃先を突き立てる


 白い目、罵倒、笑われて

 生きてる意味を聞かれたよ

 オマエナンデイキテルノ?

 それならオマエが教えてくれよ


 手首に増えた傷跡は

 死にたくなった数じゃない

 生きる為の抗いだ

 赤い血は俺にも流れてるんだ

 苦しい時は逃げるんだ

 悲しい時は目を塞げ

 世界は味方なんかじゃない

 俺だけが俺を肯定してやる



 コンビニバイトで

 女子高生に笑われた

 サラリーマンに

 怒鳴られて三日で辞めた


 ストレス溜まる生活に

 生きてく意味を見失う

 オレハナンデイキテルノ?

 それならアニメが教えてくれた


 部屋には増えていくフィギュア

 オタクになったワケじゃない

 かじれるスネはかじるんだ

 パパママ今日までありがとうな

 悔しい時は目をそらせ

 寂しい夜はオナニーだ

 明日は味方なんかじゃない

 今日を生きたら昨日になるんだ


 手首に増えた傷跡は

 死ねなかった日の俺の勇気だ

 生きる為に殺したんだ

 俺の中の俺を殺したんだ

 泣きたい夜は泣けばいい

 泣きたい夜は泣けばいい

 泣きたい夜は泣けばいい

 今日を生きたら褒めてやるんだ



 ******




 気付いたら目の前に数十人が立ち止まっていた。

 俺に拍手と歓声を投げかけてくれている。


「オッサン、やべえな」とミュージシャン風情は涙も流してくれている。


「俺こそ悪かった、お前も頑張ってくれ」


 そう言って颯爽とその場を後にしようとした時、俺は警官三人に取り押さえられた。





「公然わいせつ罪の容疑で現行犯逮捕する」



 俺は歌うのに夢中になって、自分のズボンどころかパンツも脱げてしまっていたことに気づかなかった。


 この様子は、インスタントグラムやユーチューボーやテックポックといった各種SNSで動画拡散されてしまっていた。


 俺は『変態なのにやたらと、胸に響く歌を歌っているオッサン』として、人々の記憶に残ることになった。











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