ラブストーリーは突然に
一度、落ち着いて頭を整理しよう。
俺は、久しぶりに本屋に来た。
可愛らしい店員さんがいて、俺は興味はないけど手にとったライトノベルを購入しようとした。
レジに向かった。
ずっとなんかうるさいなぁと思っていたけど原因はレジ横で喧嘩してる若い女性とぬいぐるみだった。
……ここだな。
ここがおかしい。
なんで若い女性と、動くはずもしゃべるはずもないぬいぐるみが喧嘩してるんだ。
ってか動いてるし、しゃべってるんだよな。
ぬいぐるみが。
それも、すごく
俺がまじまじとその様子を眺めていると
「お決まりですか?」
無表情の男性が立っていた。
えっと、何からツッコんだらいいんだろ。
まず、めっちゃ無表情だよね。
接客とか言う以前に、すんごい無表情で抑揚もないからちょっとビビる。
あと、横でめっちゃぬいぐるみ動きまくって、しゃべりまくってるのにガン無視なのは……何故?
これ、普通?
それとも俺にしか見えてないとか?
「ちょっと静かにしてくれない?人間の客に声が届いてないっぽい」
届いてるのよ。
そしてめっちゃ見えてるよね、彼にも。
あれを見ても何も驚かないってのはどういうこと?
すっごい鋼の強メンタルか、これが
どっち?
どっちなんだい?
「お決まりですか?」
……。
「はい。これください」
もう、この時はこう答えるしかできなかった。
「あ!お買い上げありがとうございます!こちら袋にお入れしますね!」
はい、可愛い!
いや、やましい気持ちじゃない。
ただ、ものすごく無表情の店員さんを見てビビってたからすごく癒やされただけ。
店員さんってやっぱり笑顔がいいなと。
そう思っただけだから。
女性店員さんから品物を受け取った時、視線を感じて辺りを見回す。
じっとこちらを睨むように見てくる無表情の男性店員と目が合った。
「な……なにか?」
思わず声をかけると男性はふいっ、と顔をそむけて
「別に」
と一言だけ返ってきた。
なんだろう。
ものすごく睨まれた気がするのは気のせいか?
俺はいたたまれなくなって女性店員さんに声をかける。
「あの、外の看板にあったコーヒーとか……ここで飲めるんですか?」
おずおずと聞いてみると女性店員さんは、ぱっと顔を明るくさせて頷いた。
「はい!こちらに席があ……」
あるので、と言おうとしたんだろう。
その瞬間、目に入ったんだな。
あのぬいぐるみたちが。
女性店員さんは一度にっこりとこちらに愛らしい笑顔を向けてペコリとお
「少々お待ち下さいね」
そう言って女性店員さんが、ささっとぬいぐるみたちに近づく。
そして何かボソッと呟いた、ように見えた。
そして、くるりとこちらに振り向くと先程と同じ笑顔で俺に言った。
「こちらに席があるので!よろしければどうぞ!」
ちらりと横目で見ると、さっきまで動いていたぬいぐるみと若い女性が横の席に座っていた。
ただ、ぬいぐるみは動かず、というか動かないように頑張っているように見える。
若い女性は、静かにコーヒーを飲んでいた。
……もう
女性店員さんに合わせることにした。
女性店員さんからメニューを聞いてオススメのコーヒーを頼んだ。
待っている間、
いや、苦手なジャンルだが、手持無沙汰だから仕方ない。
その本は魔女と呼ばれた女性と王子のラブストーリーらしい。
なんか、けっこう重めの恋愛のやつかもしれない。
しかし、買ったからには読まなければもったいない。
俺が表紙をめくった時、後ろからおもいきり光が差し込んできた。
反射的に振り返ると、そこには光っている本とドレス姿のたくましい女性と魔法使いのようなローブを
「うわ、待って。なんで今……」
女性店員さんの呟きがここまで届いた。
「私は離れたくないんだ!ソルシエ!!」
男性はソルシエという名前らしい。
「……俺だってそうだ。お姫様」
なんかすごいシリアスな場面に立ち合っちゃってるっぽいな。
「でも……大臣が、そうしろって」
大臣が悪そうだ。
「おまえが行きたいなら、俺は」
「はいはいはいはーーい!!話はあとでコーヒー飲みながらでもしっかり聞くんで!ちょっと、待っててもらえます!?順番がね!もう
女性店員さんがシリアスな空気を破って二人を奥に連れていった。
そして、少し間があってから奥から店員さんだけが出てきて俺にコーヒーを持ってきてくれた。
「こちら、オススメのモカブレンドです!ごゆっくり、どうぞ!!」
何もかもに
「どうも。……あの、ここって……ちょっと不思議なところ、なんですか?」
俺がおずおずとたずねると、彼女は少し目を泳がせてから
そして少し考えてから答えた。
「……信じてもらえないかもしれないんですけど。実は、ここは本の世界の登場人物がお客様としてやってくるんです。えっと、
ファンタジーだ。
現実的じゃない。
まるでフィクション。
詐欺師と変わらない。
たくさん頭に巡ったけれど。
今、目の前で起こっている。
目に見えるものが全てなら。
今、目の前で起こっていることも今、目の前の女性が困った顔で話してくれたことも。
それが全て。
自分で聞いておいて、嘘をつくななんて言えない。
目の前の女性がこんなにも真剣な表情で嘘をつくわけも必要もない。
俺は首を横に振った。
「信じますよ」
その一言で彼女の
それにもともと幼馴染のこともあった。
とりあえずそのことを聞いてみることにした。
「実は、俺の友人もここで本が光ってラブコメ……じゃなくて!女性が7人飛び出してきたって……聞いていたので。今は7人と仲良く一緒に暮らしてるみたいですけど」
目の前の女性は大きく目を開いて、驚いている様子だった。
その後、慌てたように本棚に向かった。
「あ!この本だ!中身が消えてる!!えっと、七人の神様?ってどういう本?ラノベ?」
女性店員の声がする。
「えっとね、なんかヤバイ神様7人の話だって。貧乏神とか死神とか」
この声はさっきの無表情の店員の声?
さっきと違ってものすごく明るい声だけど。
「ヤバイじゃん!!そんなの世に放っちゃったらヤバイよね!?この本は売り物にならなくなっちゃってるし、あのお客さんのご友人は大丈夫かな!?」
あわあわとしている女性店員に俺は近づいた。
「俺の友人のことなら大丈夫です。なんだかとても幸せそうですから。それよりこの本が売り物にならなくなったのは俺の友人のせいですよね?すみません。弁償……それ買い取ります」
じろりと男性店員に睨まれるが、気づかないふりをした。
「いえ、そんな!この本のことなら大丈夫です!ご友人が大丈夫ならそれで」
「……買い取ってくれるならレジで会計を」
首を横に振っている女性店員さんと無表情で抑揚のない声で会計をすすめる男性店員。
「……でも、驚きました。すごく不思議で……素敵なお店ですね」
俺がそう言うと、男性店員を怒っていた女性店員さんがまた表情を明るくする。
「ありがとうございます!」
そう笑って、女性店員さんは売り物にならなくなった本を奥に持っていった。
「……彼女になれなれしくしないでくれる?ナンパくん」
じっと俺を睨みながら男性店員にボソリと小さな声で言われた。
チクリと
けれど、今見ている限り、親しくはありそうだが恋人というわけではなさそうだ。
俺はその時、脈を打っていた胸の意味を知った。
これが胸の高鳴りというやつか!
これが恋……。
もう、自分にいいわけばかりするのはやめよう。
ファンタジーがあっていい。
ラブコメ展開だってサクセスストーリーだって素敵だ。
俺もそんなラブストーリーに憧れてた。
そんな俺が今、ファンタジーの中にいる。
そんな俺に今、ラブストーリーが始まっている。
俺はあの女性店員さんにひとめぼれしていたんだ。
「俺、まだ客なんだけど」
ボソリと言葉を返す。
「まだってなんだよ」
無表情で抑揚のない声に感情が見えて、俺は少し笑ってしまった。
ここは都心から少し離れた場所にある小さな本屋。
俺は新しくバイトで入った新人だ。
可愛らしい店長さんとちょっと口の悪い先輩と働いている。
ここは物語の世界、たくさんの異世界で暮らす方々に喜び、安心してもらえるようなお店だ。
もちろんこの世界で生きているお客様大歓迎。
本がバサリと音を立てて落ちた。
そして眩い光に包まれる。
夜に灯る月のように白い肌、夜に紛れることのない
まるでそれは人ではなく神や天使、いや、それこそ人を惑わせる鬼や悪魔とも思える美しさの女性と穏やかそうな青年が立っていた。
「いらっしゃいませ!お客様!」
異世界ブックカフェ、本日も元気よく営業中。
今日から始まるファンタジー うめもも さくら @716sakura87
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