10-5 妹まで爆誕[最終話]

 屋上から降りる階段の途中。

 不意に、上着の右ポケットに入れたタブレットがブブッブブッと震えた。


 これは水上むながい用に個別設定した振動パターン。

 

「……んー? みんなみんな個別設定してたら、結局誰が誰だかわからなくなりそうだな」


 メッセージアプリを開く。


『結良先輩 昨日はありがとうございました! ハンカチは今度お返ししますね』


『今、病院に来ていて、入生田クンたちと、落ち着いたら打ち上げ的なことをしようという話になっています! 先輩もいかがですか?』


『香織チャンや厳木クンも是非! と言っています』

 

 参ったなぁという顔をして、首の後ろを意味も無く掻いてみた。


 すぐにでも返信をしたかったが、何となく少し間を置いてみようと思った。


「そんなことをすると、恋愛の駆け引きをしているみたいかな」

「それは、今、俺が考え――」


 そこまで言って、ハッとする結良ゆうら


 それは、これから結良ゆうらが降りて行く階段の先から聞こえた。


『馬鹿な……他人の思考を、タイムラグ無く読み取れる読心能力リーダー使いなんて、この学園にもそうそう居ない』


 ――を除いては。


 あと数段降りると、次の階。そこに声の主は居る。

 

 少女が1人立っている。


 背格好で言うともみじより小さい。パッと見の印象は10歳かそこら。

 ピンクベージュのショートボブがふわりと揺れ、朱色のワンピーススカートの裾が波打つ。


「まさ、か」


 流石にハイヒールではなくパンプスだが……見覚えがあり過ぎる。


「く……国頭くにがみ沙耶さや……?」


 少女はニカッと笑う。


「初対面かも知らない相手に向かって、呼び捨てかい。相変わらずだね。しかしアタシは国頭くにがみという人じゃない」


 チグハグでは無く、満面の笑みで。


「えっと、し、しら……白……国――白国しらくに早柚さゆでしゅ」

「いや、噛んでんじゃん! いやいや、国頭くにがみじゃん! なんでっこくなってんだ! いやそれ以前に、何で生きて……」

「だから、国頭くにがみ沙耶さやは死んだのさ。アタシは波頭なみがしら紗奈さなだって」

「さっきともう変わっているじゃないか!」

「んーもう! キミってそんなにツッコミ気質だったか? アタシは国頭くにがみ沙耶さやではないが、キミがアタシを見て国頭くにがみ沙耶さやを連想するのも仕方ないことさ」


 意味も無くその場でクルクルと、バレエのように回る少女。

 しかし、その回転には全くは無く……そこはかとなく鈍臭い。


「だってアタシは、国頭くにがみ沙耶さやの人格と記憶を引き継いだ複製体クローンだ」


 結良ゆうらは階段を2・3段踏み外した。思わず、手すりに抱き着く。


もみじめ……あの野郎。言ってることとやってることが、めちゃくちゃじゃないか」

「ははは! なんだいそれは? ナマケモノのモノマネでもしているのかい? しかしご明察。このアタシは、『天滅神号ピリオドシグナル』様に新しいカラダをいただいたのだ!」


 腰に手を当て、足を開き、ふんぞり返る。小さな身体を目一杯大きく見せようといるのか。


「ああ〜……なんか腹立つな! そうか、そういう事か! あの人外ならこのくらいのことするよな! 俺には人類の禁忌を犯すなとか言っときながら……自分はあっさりってことか!」


 言問ことといもみじは普段、その尋常ならざるチカラによって世界を崩壊させてしまわないように、一般的なレベル感に沿った複製体クローンを遠隔操作している。


八人の女王エイトクイーン』は皆、何らかのによって、そのチカラを制限していないと外界そとに出られない。

天滅神号ピリオドシグナル』――言問ことといもみじの場合は、それが複製体クローンによる能力制限。


 本体はいつもどこかで、仰々しい椅子にふんぞり返っている。

 本体での外出は(複製体クローンとはまた別のが必要になりもみじそれを嫌っているので)非常にレアで、結良ゆうらにポテトチップスを差し入れする為に幽霊地区ゴーストタウンへ出向いたのが、約1年半ぶりの外出だった。


 遠隔操作で複製体クローンを操って、それで外界そとに出たことになるのかどうかはさて置き、結良ゆうらも当然それを知っている。

 知っていたが流石に、もみじ本人の複製体クローンしか作れないと思っていた。


 まさか既に、域に達しているとは想像していなかった。


「ついでに号付異質同体ブルベシメールの実験も成功して、国頭くにがみ沙耶さや算術アリスマを付与してもらった」

「『した』、じゃなく……『してもらった』。さっきのはそういう意味か」

 

 つまりもみじは、国頭くにがみから号付異質同体ブルベシメールの技術提供を受け、既にモノにしているということ。


国頭くにがみ沙耶さやを殺して口封じをするだけでも十分だっただろうね。笛吹うずしきちゃんの会見の通りになるからね」

「だがアイツは……言問ことといもみじは、転んでもタダじゃ起き上がらない」


 国頭くにがみ沙耶さや本人は死亡したことにしておきながら、複製体クローンによって別人として生きていくことを許した。


 あるいはのかも知れないが。


 そして号付異質同体ブルベシメールの技術を提供して貰う代わりにに、捻じ曲がった者クラーケンの出現に国頭くにがみが関わっていたことや白波しらなみが本当は別の理由で自殺を計っていたことなどを揉み消した。


 白波しらなみ以外の5人を殺害したことや入生田いりうだを襲ったという事実は消えないが、もみじや学園上層部からしてみたらそれは些末なことなのかも知れない。


 体良く話を纏め、威厳を落とさず、隙を作らず―――その上、新しい技術も手に入れる。


「そつがない、とかそんな次元じゃなくて……最早、気持ち悪いな」

「ぷぷぷ」

「……何、可愛いく笑ってんのさ。お前も相当怪物じゃねぇか」

「もう、酷いこと言うなぁ!」

「それに、本当にお前、あの国頭くにがみ複製体クローンなのか? 何か少し違くないか?」

「ほう。例えば、何が」

「キャラも変だし」

「それはこの見てくれに合わせているよ」

「何より……」

「何より?」

「胸が足りない」

「おいコラ」

「だから押し付けがまし色気みたいなのが無い」

「相変わらずストレートにヒドイ!」

「だってチャームポイントだと認識してませんでした? 御自分で」

「急に敬語に戻すの、嫌いだなー」

「申し訳ないけど、胸元のあっぴろげ感で『国頭くにがみ教授かそれ以外か』を判断していましたから、僕」

「――し、信じられない! のド変態っ!」

「変態? え……お、おにい?」


「お? それ良いかも!」


 ポンと手を叩き、良いことを思い付いた! という表情の少女。

 その表情に反応して、結良ゆうらが本能的に言葉を遮ろうとしたが間に合わない。


「アタシ、塒ヶ森とやもり沙波さな! 結良ゆうらお兄ちゃんの妹です」


 また2・3段滑った。


 嫌な予感が当たった。しかしまだ終わりじゃない気がする。


「は、はあ? 何言ってんの! 俺に妹なんか居ない!」

「え? なになに。嬉しいの? こんな可愛い妹が、急に出来て」

「嬉しくない! マッドサイエンティストでシリアルキラーで他人の心を勝手に読む妹なんか要らん! そもそも顔の作りも、髪の色も、全然違うじゃないか」

「そっか、じゃあ義妹いもうとにしましょ?」

「ギ、義妹!」


 うっかりギブアップと言い間違えそうだった。良くない流れだ。

 ああ、今こそ『門番ヘイムダル』が発動して欲しい! と結良ゆうらは願う。


「だってねー? 国頭くにがみ沙耶さやは死んでしまったから、アタシー、家無くてー、行くとこないのぉ」


『……先ずは『符号香ラストノート』を発動して、その上に『門番ヘイムダル』の算術構成を匂い記憶から再現して……』


もみじちゃんは、行くとこないなら研究室に泊まっても良いって言ってくれたけど」


『いや、違う。匂い記憶じゃなくて、俺自身の心の傷記憶に関連させて、そこから『門番ヘイムダル』の匂い構成を逆算的に割り出して……』


「やっぱりこんな可愛い子が寝るなら、硬いソファとかじゃなくて、ふっかふかのお布団の方が良いと思うの」


『自分で可愛いとか言うな! ……じゃない! 算術アリスマ発動後の水媒子アープの匂いを完全再現させれば、もしかして算術構成を無視して、その効果だけ擬似再現も可能なのか?』


「お義兄にいちゃん! しばらくの間、一緒に住ませて?」

「お、俺の部屋! カーテン無いから無理!」


 ――――危機回避、間に合わず。



 ……続く

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水没学園の落第生 〜留年の原因になった強すぎる危機回避能力は一旦手放すことにしたけど、どうやら恋愛フラグも回避し続けていたらしく、即日埋め合わせがありました〜 文印象🌙fumi in show @fumi9973

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