私が愛する冬子の話

藤咲 沙久

もふもふ


 冬子ふゆこは言い訳が下手な女であった。それを承知で、私は鼻を鳴らしつつ許してやっていた。


「もうボロボロだから、あなたも要らないかしらと思ったんだもの。新しいのを買ってあげるじゃないの」

「あなたにはわからないでしょうけど、あたし、職場で活躍しているの。帰りくらい遅くなるわ」

「あなたの相手はしたいわよ。でも今はお化粧中なの。時間がかかることくらい知ってるでしょう」


 いつもそうやってはぐらかし、それでいて優しい手つきで私を甘やかす。頭を、頬を、背を、腹を、柔らかな指先で撫で上げれば私が黙ると冬子は知っていた。まったく強かな女である。冬子との暮らしは穏やかで、刺激的で、私を夢中にさせてやまなかった。


 いつ頃からか、私と冬子の家に見知らぬ男が出入りするようになった。冬子はそいつを「一郎」と呼び、私に友人だと紹介した。しかし、本当はそうでないことに私は気づいていた。あれは冬子の男だ。冬子と触れ合わないよう何度も睨み付けてやったが、一郎は私にヘラヘラと笑い掛けてくるばかりであった。

 ある時、ふと目を覚ますと冬子が居なかった。転た寝をしていたらしい。慌てて私達の寝室へと走った。嫌な予感で胸が一杯になった。扉を力ずくで開ければそこに、しっとりと汗ばんだ冬子と一郎が横たわっていた。遅かった。冬子はすでに、そいつの匂いをたっぷりとまとっていた。

「ねぇ怒らないで。あなたもそろそろ、彼の存在に慣れた頃かと思ったんだもの」

 低く唸る私を冬子がなだめているうちに、一郎がそそくさと衣服を身に付けた。困ったように笑う顔がまた、私を苛立たせた。

「今日は帰った方がいいかな」

「そうね。ごめんなさい」

「また来るよ。それじゃあね」

 私にまで手を振って一郎は出ていった。感情をたかぶらせる私を、冬子はたっぷりと抱き締めてから、風呂へと誘った。あまり気乗りはしなかったが、あいつの気配を洗い流すためならばと了承した。

 冬子が私の身体を丁寧に洗ってくれた。気持ちのいいところも、敏感なところも、あまさずすべて綺麗にしてくれた。私も冬子を清めようと身体を擦り寄せれば「くすぐったいわ」と笑ってくれた。私の大好きな顔であった。

「彼のことは愛しているわ。でも、あなたのことも愛しているの。彼と別れることがあってもあなたとは別れない。わかってくれるわよね?」

 風呂からあがれば、冬子はそう言って私に食事を用意してくれた。食べる私の頭をたくさん撫でてくれたので、そろそろ一郎のことは許してやろうかと思えた。

 冬子の、低くて可愛らしい鼻先にキスをしてやる。彼女も嬉しそうに返してくる。やはり、最も愛されているのは私に違いないのだ。フンフンと鼻が鳴った。

「さあ寝ましょ。……あらなあに、あなたの寝床はそっちよ。ふふ……まだヤキモチを焼いているの? 仕方ないわね。こぉら、もう子供じゃないのだから重たいわ」

 同じ布団に潜り込むと、改めて私の匂いを付けなおすために冬子へ覆い被さってやった。何やら苦情を言われたが、今だけは私も冬子の真似をして、下手な言い訳をしてやろうと思う。

 私は犬だから、君が何を言っているのかわからんね、と。

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私が愛する冬子の話 藤咲 沙久 @saku_fujisaki

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