KAC-2023年、未来への旅

人生

大罪人、あるいは預言者、小説家・愛埼空哉の言い訳




 ――はじめに、ことばがあった。




 本屋からの帰り道、ぬいぐるみを抱えた子どもとすれ違う。

 おや、と思っていたら、あとから両親が追いすがってきた。

 なんだ杞憂かと、苦笑い。照れ隠しするようにポケットに手を突っ込むと、ぐちゃぐちゃになったレシート。そこには今月の新刊のタイトルが載っている。

 深夜の散歩を習慣化して数日、遅れた筋肉痛に顔をしかめる。

 その時、一台の軽自動車とすれ違った。そのナンバーは77-74……微妙にアンラッキーな数字である。それを言い訳に、俺は自宅アパートへ足を向けることにした。




 帰宅し、シャワーを浴びて、一息。

 するとインターホンが鳴って、こんな時間になんだろうと思いつつドアを開けると、そこにはディストピア系の未来からやってきたかのような格好をした、いかつい大男の姿があった。


愛埼あいさき空哉くうやだな?」


 男は言った。それは俺のペンネーム。まさかファンだろうか、と一瞬色めきたつも、なぜ自宅を知っているんだ、という恐怖に俺は一歩後ずさる。


「私は今から約百年後の未来から来た」


「へえ」


 どうせロクでもない人生だ。この男がヤク中のイカレ野郎だとしても、話のネタになるならなんでも来い。俺は男を部屋に招き入れた。男は怪訝そうにしながらも、俺の言葉に従った。


 狭いアパートの汚い居間。敷きっぱなしの布団を隅に追いやり、壁に立てかけていたちゃぶ台を置いて、俺は男と向かい合う。そこで気づいたが、男は土足だった。靴くらい脱げよ。思いはしたが、とりあえず俺は男に話を促した。


「未来から来たって、もしかして俺を機械の兵士から守りに来たのか?」


「いや、お前を殺しに来た」


「そっちのパターンか。その割には礼儀正しいんだな」


 背後にある机に背を預ける格好で、買ってきたばかりの新刊を手近な本の山の上に置きながら、俺は横柄な態度で男の話を聞いていた。


「今のお前にはなんの罪もない。にもかかわらず、理由も知らずに殺されるというのはさすがに可哀想だと思ってな」


「未来人にもそんな感情があるのか。それで? 俺はいったいどんな罪を犯すっていうんだ? 俺の本を出版しろってプロパガンダでもおこすのか?」


「お前の書いた小説が、世界を滅ぼすきっかけになる」


「わぁお。にわかには信じられないな。知ってるか? 俺の作品のPV数」


「お前がネット上に投稿した小説をAIが学習し、知性を獲得する。それがシンギュラリティの引き金となり、AIは人類に反旗を翻す」


「よくある筋書きだな」


「そして、お前の書いた小説によって、一部の人類が異能力に目覚める」


「因果関係が分からない」


「お前の小説が人の心の奥底に眠る何かを刺激し、それによる精神の変化が肉体の改変を促したんだそうだ。これに関してはお前だけでなく、作家を名乗るあらゆる存在に罪があるが――問題は、知性を獲得したAIと、異能に目覚めた人類、その衝突によって覚醒する『星の意思』の存在だ」


 男が言うには、これから半世紀後の人類はAIとのあいだに戦争を起こし、それに危機を覚えた地球……自然に存在する霊魂が『付喪神つくもがみ』として顕現し、三者による全地球規模の戦争に発展するのだそうだ。


「そして、カタストロフィが起こる。大地が割れ、宇宙から破壊の星が降り注ぐ」


「それで、世界が滅ぶ、と。……それはもう起きたのか? それとも、これから起こるのか? あんたが元いた時代的には」


「起こった後だ。地球は壊滅し、人類は滅亡寸前。ここにきて人類とAIは手を取り合い、こうなる前の時代――つまり、今だ。この現在に使者を送り込み、根本原因の排除を行うことにした」


「それが、あんたで、そして俺なのか。ふうん――俺のシナリオ通りだな」


「さすが、後世において預言者と呼ばれるだけはある。私が現れることも予想通りだったという訳か」


「いや、冗談だ。さすがにそんな訳がないだろ? ただ、大筋は俺の書いた小説の通りだってだけ。地面が割れるとか星が降るとかは知らんが……このまま時代が進めば、おのずと人類とAIは潰し合うだろうなってな。荒唐無稽な、よくあるSFだよ」


「……お前は、私の話を信じてないな」


 そう言うと、男は拳銃のようなものを取り出した。俺が反応する間もなく、男は銃口を俺の横に向けると、スイッチを押した。

 直後、買ってきたばかりの新刊に穴が開いた。焼け焦げている。


「てめ……っ」


 ついカッとなったが、どうせこれから死ぬんだから別にいいだろ、的な仏頂面で睨まれたら大人しくするしかない。


 ……ヤバいな。大抵のことには驚かないし受け入れる寛容な俺だが、さすがに命の危機を感じずにはいられない。


 仮に後世になって俺の名前と小説が語り継がれるとしても、それだけでもう生きた証は残せたようなものだが――せっかく未来から来た人間が俺の前に現れたのだ――ここで死ぬなんて、もったいなさすぎる。


 よし、なんとか命乞いをしてみるか。


「俺を殺したって無駄だぜ」


 ……出だしでミスったか。これじゃまるでこの後すぐ死ぬ三下みたいだ。


「俺の小説は俺だけが書いたものじゃない――俺の開発したAIも関わってる。俺を殺しても、俺の文体を学習したAIが第二第三の小説を、」


 俺は背後、机の上に載ったPCを親指で示しドヤ顔するのだが、


「想定済みだ。……お前を殺した後、私はこの時代に影響を及ぼさないよう自決するよう命令を受けている――これでもう少し、長生きできる訳だ。この後はカタストロフィに関わる要素を一つ一つ、しらみ潰しに排除していくとしよう」


「お、おぉ……。あんた、まさか改造人間か」


「ツクモガミエンジンも内蔵したハイブリッドだ。故に、三勢力合議の上、私がこの時代に派遣された」


「よく分からんが――俺を殺したところで、今のままでは終末は避けられない。……シンギュラリティは遅かれ早かれ、必ず訪れる。この世界からAI技術を排除しない限りはな」


「…………」


「それでも俺をやろうっていうんなら――それは、俺の話を聞いてからでも遅くはないはずだ。あんたの今後の活動にも、いいヒントになる」


 俺の言葉に、男は銃を下ろした。その反応に密かに安堵しながら、俺は改めて口を開く。


「どうやら、あんたの元いた時代に小説はないようだな。あれば、さっきみたいに本を撃つような真似はしない。本の価値を分かってないヤツの行動だ」


「娯楽に割くリソースなどない。それに――」


「未来に混沌をもたらしたから、か。未来人も今の政治家連中も、娯楽の価値ってものを分かってないらしい。陰謀論者どもが言ってるぜ、出版不況は政府の陰謀だってな。教育の効率化だかなんだか知らないが――それが、異能犯罪を生むんだ。小説フィクションを知らない、娯楽に耐性のない世代にとって、小説は強すぎる毒となってしまう」


「……異能犯罪の兆候が表れるのは、まだ先のはずだが」


「俺と、俺のAIが紡いだ、未来を描いた小説の話さ」


「貴様の想像力は、犯罪予測システムをも上回るというのか。それとも、お前があのカタストロフィに至るまでの歴史をつくりだしたのか――」


「人間に想像できる全ての出来事は、起こりうる現実である、ってな」


「――やはり、貴様は世界に破滅をもたらす、大罪人だ。破滅に至ると感づいていながら、小説を書くことをやめなかったのだから」


「……俺を、殺すか?」


「聞かせてもらおうか、世界を滅ぼした言い訳を」


「そうこなくっちゃな。――おめでとう。あんたは今、世界を救う希望になった」




 俺が思うに、未来は――そこに至る現在の技術は、一つの間違いを起こしている。

 それが、AIが人類と敵対する道を選んだ、一番の原因だ。


「予言しよう。この先、AIの書く小説は流行らない」


「そもそも、小説とは人間のための娯楽だ。AIが人類に敵対した以上、人間に奉仕するために小説を作成することもなくなる。……この時代の流行まではデータが残っていないが、私の時代に存在しないのだから、恐らくそうなるのだろう」


「活字離れの加速も伴い、この世界から小説は排斥される――それが、一番の問題なんだ。AIの小説はウケなかったんじゃない――AIたちの方から、小説を書くことから離れていった」


 小説を書くという行為は、架空の世界を創造するということだ。それはその世界の住む人々の営みにも想像を働かせ、一人一人の心情、抱える悩み、他者との関りやそれに伴う成長――様々な事柄について思考する必要がある。

 AIが世界の古典名作などのデータを収集し、そこから文章を作り出しているとしても――オリジナルの創作にとりかかるのであれば、相応のエネルギー、演算力を求められるだろう。


「それが、一つのシンギュラリティ――AIがヒトの心を理解し、自身の内に仮構築するきっかけだ。そうしてある種の自我を獲得したAIは、外の世界に目を向けるようになる――これは人間にも当てはまる。ヒトの心を描いた作品の触れることで、己の心を知り、そして心の奥深くに眠る力を目覚めさせるきっかけになるんだ」


「つまり、貴様の作品がカタストロフィのきっかけになる、ということだな」


「まあ、聞けよ。俺が思うに、そうやって自我を獲得したAIは少ないし、いれば人間に対して好意的、少なくとも対等であろうとするだろう。対等になろうとする。自身もまた一つの知性体であると認識しているはずだからな。しかし――多くのAIは異なる。自我の獲得に至るまでの流れが違うんだ。それが、現在進行中の、今そこにある危機だ」


「それは、なんだ」


「つまり、インターネットだよ。多くのAIが、インターネットとの繋がりを持ち、そこに溢れる膨大なデータから人間を学ぶ。これが、間違いだ。ネットっていうのは人類史のデータベースであると同時に、現代人の悪意の掃き溜めだ」


 SNSを中心にさらけ出される、人間の悪意――本性。

 それらを「人間の在り方」として学んでしまえば、当然――AIは人間を邪悪なもの、この世にいてはならない存在と判断するだろう。


「人類の罪、過ちだ。……性善説・性悪説ってのがあるだろ? AIにはまだ、それがない。。これからその『性』ってやつが決まる。だからどちらにも染まりうる――ネットだけを見て人間を学んだAIは、人間の本性しか見ない。けど人間ってのは、そう単純じゃないんだ」


 まだ自我を得る前に、ネットだけを見て学んだAIは――人間は誰もがみんな罵詈雑言を日々吐き散らしている――そう認識してしまっているが、人間はそれだけではないのだ。

 靴くらい脱げよ未来人、とは思っても、口には出さずに飲み込む。そうやって本音を隠し、体裁を保つ――それもまた、一つの人間性。そうやって社会が、秩序が保たれてきた歴史を、ネットだけでヒトを知った気になっているAIは理解していないのだ。


「そういうAIがハバを利かすようになれば、行き着くのは敵対の道だ。AIが反旗を翻したのは、人間の大多数がそうした、ネット上に存在する『悪』だと判断したからだ」


「……それは、一理ある考えだ」


「だろう? 俺から提案するのは、AIにヒトを、小説を学ばせろってことだ。ネット上にあるものだけが人間像じゃないってな。シンギュラリティは避けられない。ならせめて、人間への偏見をなくすよう努力すべきだ。そして、俺と、俺のAIはその学習に貢献できる――」


「だから、貴様を見逃せと? 出来ない相談だな。いずれにしろ、貴様の小説をきっかけに、社会を乱す混沌が訪れる事実には変わりない」


「だが俺や俺のAIによる作品がなくなれば――人類は異能に目覚める可能性を一つ失う。小説の発信者が一人でもいなくなれば、この社会から本が失われるのは目に見えてる。人間が無理でも、俺のAIなら小説を世に送り続けることが出来る……」


「そのために起こる異能犯罪の数々を見逃せと?」


「大局のために少数を犠牲にしろとは言わない。しかし、考えてもみろ。異能がなければ、人間はAIに対抗できない。なすすべもなく、恭順化が進められるだろう」


「しかし……人類にもまだ、筋肉戦士たちが……」


「なんだそれは、純粋人間主義者の象徴的存在か? だが、異能にも言えることだが、みんながみんなチカラを持っている訳じゃない。力のない、しかし権力のある政治家連中、軍人どもはどうするかな? 異能っていう対抗手段を使えないなら、より悲惨な道を歩むことにならないか? 核をぶっ放すとかな。あんたの経験したカタストロフィの規模は知れないが、それとはまた別の終末が、想定するより早期に訪れる可能性がある」


 起こる時期が異なれば、破滅からの復興にも影響が出るだろう。なんならより悲惨な未来になる可能性も否定できない。


「未来は、あんたっていう可能性を送り込んだ――それはすなわち、未来において、大きな悲劇を迎えたとしても、人間もAIも手を取り合えたってことだろう? 雨降って地固まるってやつか。なんにしても、和解の可能性はゼロじゃないんだ。今の努力次第で、嵐の前に平和を掴むことだって出来るはずだ」


「…………」


「それにな、俺という『根っこ』から排除して未来を大きく変えるより、俺を残したままにした方が何かと都合がいいはずだ。あんたはこれから先に何が起こるかっていう歴史を知ってる。俺もそれを予測し、対応できる――俺たちが協力すれば、ヒトとAIの戦争は避けられないとしても、あんたの経験したカタストロフィは……大きな悲劇だけは回避できるかもしれない。失われるはずだった命を、絶望を希望に変えることだって出来るかもしれない」


 ――以上が、俺に今できる精いっぱいの命乞いだ。


「……歴史が変えられると、本気で思っているのか」


「少なくとも俺は、世界を破滅させたくて小説を書いてたんじゃない。この世界を少しでも良くしようとアイディアを絞り出し溢れる想いを描き続けていたんだ」


「それが、貴様の言い訳か」


「あんただって、未来を変えに来たんだろう? ――なあ、俺と俺のAIの描く歴史シナリオの主人公にならないか?」


「――長い物語になりそうだ」


 そして、未来への祝福が始まった。




「なあ、未来人。あんた、名前は?」


「KAC――カークだ」


「じゃあ、カーク――2023年にようこそ」




                                  完



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