第59話 フィナーレ

 白い神殿の中を探索する事しばし。

 「特殊能力:完全記憶」を発動しなければ迷う所だった。

 それだけ景色に変化がないのである。


「あ、雷鳴!見つけましたよー」

 これは、俺の隣にいる水玉がかけてきた言葉ではない。

 ドッペルゲンガーのほうから俺たちを見つけて声をかけて来たのだ。

 この声は水玉………って、なんだその姿は!?

 ドッペルゲンガーを作り出している術者(多分悪魔)の実力不足だろうか。

 その外見には、殴られたガラスのようにヒビが入っていたのだ。

 しかも全身が石膏のように真っ白だ。顔もである。

 もはやドッペルゲンガーではなく、似姿の彫像である。

「まあ、間違えなくていいか。行くぞ、水玉!」

 『結界』『オーラソード』『剛力×10』『頑健×10 理外の外殻』

 『瞬足×10』などを重ねがけ。突っ込んでいく。

 対する偽物は、逃れられないと察したか『結界』『オーラソード』

 『フィジカルエンチャント力・速度』をかけて迎撃の姿勢をとる。


 最初の一撃は、ガードする水玉の腕に命中………かとおもいきや。

 先に水玉が後ろから攻撃していて、そちらを向いていたので、後頭部にHit!

 もちろん一撃で何とかなるはずもない、ひたすらに滅多打ちにする。

 水玉ってここまで硬かったのか………ハンマーの一本はすぐダメになった。

 持ち手の部分も壊れるがそれはまだいい。

 だが、俺の筋力に耐えきれず、ヘッドの部分がひび割れるのだ。

 水玉が偽物を巧みに動けなくしていて、俺の方にダメージはない、が。

 後ろを振り向いて「雷鳴、何でですか………?」というのは止めて欲しい。

 メンタルにガンガン来る。が、心を鬼にして殴り続ける。後頭部を、だが。

 水玉は巧みな格闘戦に持ち込んで、偽物がこちらを振り向けなくさせている。

 ただし、水玉のダメージも大きいので、早く決着をつけなければ。

 もはや水玉の頭はひび割れくぼんだ卵だ。

 髪も全部割れて落ち、後頭部しか見てなくても、惨状は分かる。

 だが、可哀想だという心を鬼にして、3本目のスレッジハンマーを振るう。

「え、ぅ。ら、いな………」

「あるべき場所へ帰れ!!」

 

 最後の一振りで偽物は崩れ落ちて、塩の塊になった。ホッとする。

「死体が残らなくて良かったあ」

「まったくですね。あのようなご面相を披露なんて御免です」

「お前ねえ。俺は本気で心痛の意味を知ったっていうのに」

「あ、でもすこし次の雷鳴戦が嫌になりました」

「そうか………そうだよな」

 好きな人の死に顔なんて見たいわけがない。


 俺のドッペルゲンガーはすぐに来た。

 真っ白なのと体に入るヒビだけが水玉の偽物と共通している。

「水玉!何してる?そいつは偽物だ!こっちに来い」

 ヒビが無くてフルカラーならその言葉を許してやるが、真っ白な俺なぞ許さん。

 水玉は偽物の言葉に応じる様に寄って行って―――隙を突いて羽交い絞めにする。

 俺はその間に『フライト 速度×10』『オーラソード』『瞬足10:飛行』をかけた木の杭を準備する。いくぞ、持ちこたえてくれ水玉!

 俺は杭を投じた。

 狙いは有難い事に正確で、俺(偽物)の胸に杭が吸い込まれていく。

 貫通はしただろうが、それ以上抜けるのは水玉が体を張って阻んでくれたはずだ。

 そして心臓は前方に爆散して、元通りになる。『ブービートラップ』だ。

 攻撃は前方にいくので、水玉は無傷なはず。

 偽物は意識を失っているので、俺はもう一度弱めの威力の杭を投擲した。

 もちろん命中した。

 そしてこの偽物の特徴なのか、死亡と判断されれば塩になるようだ。

 今回も塩になったので、これでおしまいか………


 今回ボロボロになるまでダメージを受けたのは水玉だ。

 偽物は限界まで、木の杭を裂けようと物理魔法問わず暴れていたからだ。

 それは全部水玉に行ったのである。

「本当に大丈夫か?」

「これまで蓄積してきた補充の体が役に立って、それが減っただけで、私はほぼ無傷ですよ。例外は精神系の攻撃だけですね、頭がまだガンガンします」

「代わってやりたいよ、ごめんな」

「何故謝るのです?二人で立てた作戦でしょう?」

「そうなんだけど………そうだな、愛してるからかな」

「!?」

 水玉はきゅーっと、つま先から頭のてっぺんまで真っ赤になった。

「あの………でもわたしって頑丈ですし、役割分担は合ってたと思うんです」

「そうだね、でも俺はダメージを受ける水玉が見てられなかった。有効だと思ったらこれからも使うと思うけど。でもお前が傷つくのは嫌ではあるんだ」

「わたしも軽々しくケガをしそうなことはしないと誓いますから。顔を上げて」

「うん、女々しいこと言って悪かった」

「いえ、凄く嬉しかったです」


 さて、迷宮深く入り込んでいたが、道は覚えている。

 すぐに―――ってあれ?

「水玉、迷宮が変形しているようだ」

「おやまあ、あなたの『勘』でイケます?」

「ああ、もちろんだ」

 俺は『勘』に従って迷宮を歩き出す。しかしなかなか出口に辿り着かない。

 感覚的にはアタリの場所が、意図的に俺たちから遠ざかっているような………


「おい、迷宮主!いるなら返事をしろ!」

『はい!公爵様!』

 やっぱり迷宮主は悪魔だったか。

「迷宮を抜けるまでが試練だからこういう仕様なのか!?」

『いえ、召喚主である領主が、部下を傷つけられたとおかんむりで』

「じゃあ、いますぐ迷宮の移動を止めろ」

『分かりました!』


「もう一つ聞くがドッペルゲンガーの出来がお粗末だったのは?」

『実力の方にリソースを割り振ったらああなりました』

「理解した、じゃあな」

『はい』


 そのやり取りの後、出口の感覚はずっと動かないままで、俺たちは迷わず進んだ。

 どうも、入ってきた扉とは違う扉のようなのだが?

 外に出てみると、街道につながる道のようだった。

 疑問は尽きないが、有難い事に聞く相手はそこにいた。


 貴公子の服装をした、黒髪に藍色の目の美青年。

 優しそうな顔立ちだが、発する瘴気は並ではない。

 というか俺はこいつを知っている。

 「7大魔王」の下につく「74大魔王」の一員で「星流せいる」という。

 ドッペルゲンガー種なので、本人が他者に変じる事も可能だ。

 今回はつくり出すだけに止めていたようだが―――


「クリアの紙はお前から貰ったらいいのか、星流?」

「その通りです。名前を憶えて頂き恐悦至極。ですがこっちに来ているのは分身でして。公爵様と水玉様に失礼に当たらなければいいんですが」

「いいって、みんな知ってるよ」

「妊娠中の奥さんがいるんですよね。こんな所に本体が来ていてはいけません」

 すみません、と頭を下げる星流。

「というか、出来が酷かったのは、分身越しに力を振るったせいか」

「そういうことになります………公爵様、水玉様、これクリアの証明書です」

「ありがとう。お前は後で文句を言われない?」

「腐っても74代魔王ですから、文句ぐらいなら無視します」

「………なんていうか、お前っておっとりしてるよな。はねつけます!とか逆に脅してやります!じゃなくて、無視しますって」

「え?変ですか?」

「そうだなぁ、どうせ生贄もとってないんだろう?」

「分身ですから、いいかと思って」

「甘いと人間がつけ上がりますよ、ここの兵士のようにね」

「はぁ」

「駄目だこりゃ。星流の好きにするといいよ」

「はい、ありがとうございます」


「ところで、俺たちの馬車は?」

「え?そんなのあったんですか!?今すぐ宿に行って持って来ます!」

 星流はすぐに「レディ・ピンク号」を持って来てくれた。

「それそれ、サンキュー」

「それではご武運をお祈り申し上げております」

「武運がいるのか?」

「さあ?魔王役の方のお心次第では?」

「ああ、なるほどね………」


 今は11月1日。18時だ。

 少し進んだあたりで、寝た方が良さそうだな………

 俺たちはそれを実行に移した。


♦♦♦


 11月2日AM06:00

 んー。疲れが取れて清々しい朝だ。

 水玉が馬車の外にたる風呂を設置して入っている。俺も入れって?はいはい。

 いやー、露天風呂は気持ちがいいな。

 朝食代わりに巨大果物を切った物をもしゃもしゃといただく。


 8時頃に風呂を片付け、前進を再開。

 がらごろがらごろ………のどかな道行だ。

「ゴシュジンサマガタ ゼンポウニ ヒトカゲハッケン イタシマシタ」

「「んー?」」

 御者席側のカーテンを開けると、小さな人影が2つ。

 ピンクに停車を命じる。2人で馬車から外に出た。

 

 うん、近所の子供などでは絶対ない。

 2人はそっくりな少女で、長い金髪と、薔薇のような赤い瞳が印象的だ。

 12~13歳だろうか、旅装ではあるが、質の高い服を着ている。

 あと、1人は背中に剣を。もう1人は魔術師の杖を背中に括り付けていた。

「こんにちは。お嬢ちゃんたちはどこから来たんだい?」

 聞いてみると、剣を携えた方が

「黒の森から来ました」

 と答えた。どこにでもある地名だな………いや、ちょっと待てよ?

 俺は少女たちに自己紹介をしてみる。

「俺は雷鳴=ラ=シュトルム公爵。魔界の貴族だよ、悪魔だ」

 水玉にも自己紹介を促すと?という顔をしながらも

「私は水玉。6代魔帝の3番目の子です」

 と、自己紹介をする。少女たちは―――?剣を持った方が

「自己紹介、ありがとうございます。私はガザニア=フォン=クロークベルト」

 と言い、杖を持った方が

「あたしは、ガーベラ=フォン=アーデルベルクだよ!」

 と言った。それだ!

「育て親の名前はイザリヤ=フォン=アーデルベルク………?」

「そうだよ!お兄ちゃんたちにバルトルに連れて来てもらうように言われてるの!」

「名前を名乗れとは言われませんでしたがね」

「黒の森のアーデルベルク領。イザリヤ姉ちゃんから聞いたことがあったんだよ。悪魔になる前の人間だった頃の故郷で、代々の領主候補の面倒見てるって。何で名字が違うのかは俺も知らないけど………なんでなの?」

「クロークベルト家はアーデルベルクの主家にあたり、代々アーデルベルクから後継者が出るのが通例になっているのです。もっと詳しく話しますか?」

「いや、とりあえず納得したからいい」

「あなたたちは、この馬車に便乗して来いと言われているのですね?」

「うん、大神殿の通行許可も貰ったよ。一緒なら入れるよ?」

「乗せざるを得ないなぁ、それは」

「中はマットレスを敷いてありますから、靴は脱ぐんですよー?」

「「はーい」」


 11月17日AM06:00

 双子―――姉妹かと思って聞いたら双子だった。性格って顔に出るんだな―――を連れての旅は順調だった。もうすぐバルトルに着く。

 途中、珍しく結構強いモンスターとか出たのだが、一蹴したら尊敬された。

 強さを奉じる戦魔なイザリヤ姉ちゃんが育てただけあって、強いはいい事らしい。

 

 その他特に問題なく、馬車はバルトルの門に到着した。

 ガザニアとガーベラが手形を兵士に見せると、兵士が慌て、馬車を先導し始めた。

 幌馬車のカーテンを開けて、石造りの街並みを見ながら行く。かなり立派だ。

 そして、着いた所は、城というより大きな砦と言った感じだった。

 馬車は預かられ、俺たちは砦の奥に進む。

 小さめの謁見の間には、これまた12~13歳の可愛い女の子が座っている。

 彼女が召喚者………?


「戸惑っているようだな」

 そこへ聞き慣れた声と姿。

 16歳ぐらいの外見で、足首まである金の髪、黒いドレスを纏った少女。

 そして、すこぶるつきの美少女で、ヴァンパイアどうぞくだ。

 その彼女が『定命回帰』を使う。

 彼女は22~23歳の、フルメイル(兜は今はなし)の美女に変身した。

「その少女―――メアリーが、私を召喚したのは詳しくは省くが偶然でな。願いを聞いてやったのも気まぐれだが、その後悪魔召喚者として教育した。下の者にもおいおい正しい悪魔召喚が浸透していくはずだ。それまでは私が圧力をかけて言う事を聞いてもらっている、というのが実情だ。理解したか?」

「はい、理解しました」「しましたー」


「で?お前たちは何故こんな所まで来たのだ?正しい悪魔召喚が行われるまではと、制限していたにもかかわらず突破して来たな」

「実は、俺たち魔界に帰れなくなってて………」

 事情を説明する俺。

「で、私の帰還陣に便乗したいと?できるとは思うが面白い話だな。身分はそちらの方が上になると思うのだが」

「そうなんですけど、帰還陣が出せないんです………」

「………わかった、帰してやろう。ただ、ここまで来るのにかかわった人物もあろう。私が魔法陣を作ってやるから、別れでも告げてきたらどうだ?」

「あ、はい、じゃあここまでの記憶をまとめた記憶球を渡します………」

 俺は今までの思い出をまとめた『記憶球』をイザリヤ姉ちゃんに渡す。

「わかった。相手には夢だと思ってもらえるよう、霊体だけを夢に飛ばした方が良さそうだな、それでいいか?」

「「異論ありません」」


 そうして俺たちは思い出の場所と人を巡った。


 メリンさん

 獣人のジン

 リズさんとその一行

 レティシア姫

 ミーナさん

 サラ

 マックス

 グルン

 皇帝オズワルド

 チェリーさん

 最後にゴムレス。


 細かい事を言えばまだまだいるが、このくらいでいいだろう。

 夢の中で故郷に帰るよ!と手を振っておいた。

 通信用のアイテムは多分使えなくなる。こっちの世界に召喚されない限りは。

「あ………そうか、イザリヤ姉ちゃん。俺たちも召喚リストに入れといて!」

「良いのか?不相応な奴が呼ぶかもしれないぞ」

「ある程度は我慢するから、お願い」

「まあ嫌なら1つ願いを叶えたら帰ると良い」

「そうする」


「では帰還陣を展開する」

 そう言ってイザリヤ姉ちゃんが展開した帰還陣は、この謁見の間が丸ごと入るくらい大きなものだった。当然俺と水玉も帰る。

「ではこれより帰還する、起動!」


♦♦♦


 帰還陣で帰還して。俺と水玉はベッドの上で見つめ合っていた。パジャマで。

 このパジャマこそ異世界転移した時に着ていたのと同じものだ。

「何かすっごい懐かしいな………」

「そうですね………時間はどれだけ経っているんでしょう」

((私が時間を巻き戻したから、時間は経っていないわ。安心しなさい))

「姉ちゃん!」「レイズエルさん!」

((あなたたちは、私の作っていた疑似世界に誤って魂が落ちたの))

「偽物の経験だったというんですか?」

((いいえ、本物の魂を使った世界だったから、本物よ))

「良かったです」

((彼らはあれからも人生を生きて行く。あなた達が召喚されるかどうかは分からないけど、可能性はあるわ。その時はまたお願いね))

「分かったよ、姉ちゃん」

((なら、日常に回帰しましょうね。今日は何の日だった?))

「え………と、あ!魔帝城で水玉との結婚式の打ち合わせ!」

「ああっ、そうですよ!予定まで1時間しかありません!」

「早く着替えないと………」


こうして俺たちは日常に回帰していき―――

水玉と俺はめでたく結婚式を挙げたのだった。


向こうで出会ったラーグとイレーズも祝いにやって来てくれて―――

俺と水玉は向こうでの事が嘘ではないと確信を強めたのだった。


Fin


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次の作品「魔女フランチェスカの半生」を書き始めました。

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帰還への道標 フランチェスカ @francesca

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