尾手メシ

第1話

「俺は、俺は悪くない!アイツが……そう、あの女が悪いんだ!俺はやりたくなかったんだ。それなのにあの女が無理矢理……だから、俺は悪くない!俺のせいじゃない!」

 喉の奥から搾り出すような、聞くに耐えない声を上げて、男はバタリと倒れてしまった。

 水を打ったように静まりかえっていた法廷が、にわかに騒がしくなる。男に刑務官が駆け寄り、状況のよく分からない傍聴人が騒然となる。裁判長は狂ったように木槌を叩いて、閉廷を叫ぶ。運び出されていく男の傍ら、私はそこから目を逸らした。


 私が男と初めて会ったとき、男の頬はげっそりと痩け、無精髭は生え放題で、その目は常にあちらこちらを窺うように定まらず、背を丸めて小さくなっていた。

 男の話は荒唐無稽で、そのくせいよいよという場面になると、その描写は微に入り細を穿ち、それまでの怯えが鳴りを潜めて目を血走らせた。

 十人に聞けば、十人ともが男を異常者と言うだろうが、私には分かった。男の話は真実だ。

 私にははっきりと見えていた。男に女が絡みついている。粘着質な唇を開いて、男の耳元に何事かを囁いている。

 心配はいらないと男に力強く頷いてみせると、男は大きく息をつく。準備を整えて連絡するから、と言って男を帰した。

 それから、男から連絡があるたびにのらりくらりとはぐらかした。男が女に囁かれているだろうことは分かっていたが、何もしなかった。そして新たな犠牲者が出て、男は檻の向こうに堕ちていった。

 しかたがなかった。あの女をどうこうすることなんて、私には荷が勝ちすぎている。男を警察に突き出すなんてできるはずもない。根拠を問われて、女が絡みついているのだ、なんて言おうものなら、疑われるのは私の頭の方だ。私にできることなど何もなかった。

 私は悪くない!

 悪いのは、そう、あの女だ!

 あの女が全部全部悪いんだ!

 だから、頼むから、私に絡みつかないでくれ……。

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尾手メシ @otame

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