いいわけをするな

月代零

いいわけをするな

 気が付くと、男は仄暗い空間にいた。

 周りには何もない。地面があるのか、上か下かもよくわからない。自分だけがぽっかりとそこに浮かんでいるかのような、奇妙な感覚だった。

 自分はどうしてこんなところにいるのか? これからどうすればいいのか?

 そう思っていると、突如目の前にスポットライトのような白い光が降ってきて、若い男の姿が照らし出された。かっちりしたスーツを着ているが、髪は赤く染められパーマがかかっており、どことなくチャラい雰囲気を漂わせている。右目には片眼鏡モノクルをしていた。

 その男はにやけた顔で一礼する。


「どーも。突然ですが、アナタは間もなく死にます」


 喋り方もどこか軽薄な感じがした。しかしそんなことよりも、言われた言葉の方が衝撃だった。


「は?」


 いきなり言われても、わけがわからない。


「信じられませんか? ほら、見てください」


 チャラ男がパチンと指を鳴らすと、足元が明るくなって、映像が浮かぶ。

 そこには、病院のベッドに横たわる自分の姿が見えた。頭には包帯が巻かれ、点滴や心電図の機械に繋がれている。


「駅の階段から足を滑らせて落ちたんですよ。本当は死ぬような事故じゃなかったんですが、ちょっとした手違いでして」


 ははは、とチャラ男は笑うが、男にとっては笑いごとで済まされない。


「これね、これから死ぬ人のリストなんですが、ちょっと手違いがありまして――」


 チャラ男は小脇に抱えた帳簿のようなものを指差して言うが、男はそれを遮る。


「いいわけはいらん! どうにかしろ!」


 男は激昂する。

 そう。男は生前、いいわけを許さなかった。

 家に帰った時、掃除が行き届いていなかったり、食事の用意ができていなかったりする。妻は「用事が長引いて」「息子が寝てくれなくて」などと言うが、その度に男は「いいわけをするな!」と怒鳴りつけていた。

 仕事でも、部下のミスを厳しく叱責した。状況を説明しようとする部下にも、「いいわけはいらない」と言い続けた。

 そして、妻は子供を連れて出ていき、会社ではパワハラをしていると言われ、閑職に追いやられた。

 どうして自分がこんな目に遭うのか、男にはわからなかった。だって、いいわけは見苦しい。グダグダ言っている暇があったら、さっさと謝罪をするべきだ。過ぎたことは変わらないのだから、説明などいらない。そう思っていた。

 チャラ男はふう、と溜め息を吐いて、やれやれと首を横に振った。


「残念です。こちらも状況説明をさせていただければ、然るべき手順でアナタを現世に戻して差し上げることもできたかもしれないのですが。あ、流行りの〝チートスキルを授かって、イケメンになって異世界に転生して無双する〞なんかはございませんので、しからずご了承ください。この先は、まあ、いわゆる地獄というやつですかねえ」


 チャラ男は長い指を使い、キザな仕草で片眼鏡をくい、と上げる。

 足元に映った病室から、ピーという高く長い音が響いた。


「ああ、ご臨終です。まあ、いいですよね?」


 チャラ男は相変わらずにやけた顔で言う。その表情も喋り方も、男の神経を逆撫でした。


「いいわけ、あるか!」


 男はチャラ男に殴りかかろうとしたが、途端に足元が崩れ、男は漆黒の闇の中に真っ逆さまに落ちて行った。



 了


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いいわけをするな 月代零 @ReiTsukishiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ