第2話 IIWAKEの秘密

「いや、違いますね」

 友納さんからの問いに、きっぱりと答える出題者。

「それよりも、その程度のヒントなら、口で言えばいいんじゃね?と思ったんだけどね」

 副部長が疑問を呈した。それを受けて、彼の隣に座る森田もりたさんが、眼鏡のずれを直しながら、沈黙を破る。

「もしかして、書くことが必要だった、とか」

「――いい線いってますです、先輩」

「たとえば、字面とか読み方とか」

「あー、もうばれそう!」

「つまり」

 続けて言おうとする森田さんだったが、安川さんが主導権をもぎ取った。

「『いいやく』か? 外国語に直せってことなんだな?」

「うー、あー、まあ、そういう線で」

 栗栖さんの返事があやふやになる。先ほどまでは割ときっぱりはっきり受け答えしていたのに、何でだろうと思ったら、理由があった。

「あの、当てられないうちによういしていてヒント、出しますね。『いい訳』は『いいやく』、もっと言えば『Eやく』なんです」

 話ながらまた板書する。

「Eってのは英語だよね、当然」

 有坂さんが確認する口ぶりで聞いた。彼女だけでなく、みんな手元に手帳なりノートなりを開き、何やら書き始めていた。

「もちろんです。僕からの出題ってことで、薄々気付かれていたかもしれませんが」

 栗栖――本名クリス・ハッセー、父親が米国、母親がアルゼンチンで、自身は日本に留学中である。

「辞書、使ってもいいんだろうか」

 友納さんが言った。手には既に携帯端末が握られている。

「かまいませんですよ。ただし、ちょっぴり強引に日本語にしたところはあるから、そのつもりでお願いします」

 各自、分からない単語を調べだしたためか、不意に静かになる。が、それも長くは続かなかった。

「よし、できた」

 勢いのいい挙手とともに、落ち着いた声で宣言したのは金智かなともさん。

 は、ここまでずーっと黙って、思考に集中していたのか。ミステリ研の中では名探偵にあこがれる度合いが特に強い彼だが、こんなクイズでもトップを取りたいらしい。

「金智先輩、答を言ってみてください」

「前に出て書いてもいいかな」

「もちろん結構です」

 金智さんが教壇に立ち、ホワイトボードの空いているスペースに、すらすらと字を書いていく。


 “i,I wake up pun."


「何だそりゃ?」

 安川さんが、入室してきたのと同じように声を上げた。

「だいぶ意訳しているからな。栗栖君に敢えて言うのもおかしいが、結構ひどい英語だぜ」

「日本語の単語が幅広すぎるんですよ、持っている意味とか」

 文字通り、言い訳めいた口調で、栗栖さん。

「とりあえず、解答させてもらう。最初のはiそのまま虚数を表す数学の記号を用いた。大文字のIも言うまでもなく、一人称『私』。次からがちょっと難あり。元の日本語の文意だと、『目覚める』は“find”、つまり『見付ける』ぐらいにすべきじゃないかと思うが、ここは敢えて『目覚める』を直訳した。そして『駄洒落』。不覚にもまったく知らなかった単語だ。“pun”というのは初めて知った。覚えておこう」

「あのー、英訳していった段取り分かりましたけど、その英文が何なんですか」

 石倉さんが申し訳なさげに尋ねる。と、金智さんはまたもホワイトボード前に立ち、さらさらとアルファベットを書いた。そう、今度はアルファベットのみを、大文字にして、隙間なく。


 “IIWAKEUPPUN”


 そしてボードをばんと叩く。

「これ、なんて読める?」

「ローマ字? えっと、い、い、わ、け、う、ぷぷ……じゃなくて、うっぷん、か」

「そう。だよな、栗栖君?」

「はい、正解です」

 金智さんからペンを受け取り、栗栖さんはアルファベットの羅列の下に、日本語を書き記した。


 “いいわけ(言い訳) うっぷん(鬱憤)”


「日本語の単語二つ。って、どうしてこの二つなんだ?」

「日本語の単語帳です。あいうえお順に一個ずつ作られていて、色なのがあるんです。その内の一つが、IIWAKE、UPPUNという並びになっていました」

「ほんとかよ! 鬱憤なんて漢字、俺だって書けないかも」

 確かに出来過ぎの感はあったけれども、まあがんばって作ったのが伝わってきたから、誰もそれ以上の文句は口にしなかった。

「栗栖君、これでいいんだな」

 僕は彼の意思を確認した。

「はい、すっきりしました、

「うん、それならばよかった。じゃあ、君もどこかに座って」

 僕は栗栖さん――自分の年代だと、この“性別を問わずに『さん』付けする”という学校の方針はどうも合わない。今し方もつい、『君』付けしてしまった――と入れ替わる形で、教壇に立った。

「ミステリ研の次の目標について、みんなで話し合いをしてもらうんだけど、たたき台になりそうなネタを二つ持ってきた。それらをまず見てもらおうと思う。資料を渡すから、取りに来てくれるか」

「「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」」

 十人の生徒達の声は見事に揃っていた。


 終わり

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虚数よ、私は駄洒落に目覚める。 小石原淳 @koIshiara-Jun

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