虚数よ、私は駄洒落に目覚める。
小石原淳
第1話 虚数よ、私は駄洒落に目覚める。
部室として使わせてもらっている教室のホワイトボードに、黒い字でそのフレーズは横書きされていた。
“虚数よ、私は駄洒落に目覚める。”
「何だこれ?」
スライドタイプのドアを閉めながら、
入るなり目に飛び込んでくる謎めいた一文に、誰もが同じような反応を見せる。かく言う僕も、だいたい似たような反応をしたと思う。一番乗りだったから、誰にも聞かれなかったけれども。
「クイズだよ」
答えたのは
「クイズ? 問題文になってないが……」
「まあ、焦らずに聞いてよ。全員揃ったことだし、説明を始める。あ、適当なとこに座って」
運動場側の列の先頭の席に座っていた栗栖さんが立ち上がり、教壇に登った。安川さんが手近の椅子に収まるのを待って始める。なお、教室内にいる生徒の数は、ちょうど十名。全員、ミステリ研のメンバーだ。
「最初に言っておくと、これはお詫びの印でもあるんだ」
「おまえがお詫びっていうことは、あれか。少し前の文化祭で」
部長の
「そうそう、それです。原稿を落としてしまったお詫び」
「別にいいよ、一年生の内は。作品の数は足りていて部誌の体裁は充分整っていたんだし、電子データでの配布がメインだから、融通が利く」
「でもやっぱり、何かけじめを付けておかないといけません。僕の環境とか、言い訳になりませんもんね。それにこのままじゃ二年になったとき、発言力が激弱になりそうですし」
「気にしなくていいってのに」
部長が言うのへ、副部長の
「ま、いいじゃないか。全然ペナルティなしってのも緩すぎるかなと思わないでもなかった。本人がいいって言ってるんだしさ」
「そうれもそうだな。で、かいつまんで言うと何をしようってんだ?」
「ですから、クイズです。こういうアイディアを持ってるんだってことを示しがてら、皆さんに解いていただきたいなと思いまして。ずばり、『この文は一体何のことを表しているのでしょうか?』と、こう問いたいんです」
「そのまんまじゃないんだ?」
やや高い声で呼応したのは、ミステリ研の紅一点ならぬ紅二点のうちの一人、
「もちろんです。だいたい、そのまま読み取ろうとしても、ちょっと通じないんじゃありませんか」
「うーん、どうだろ。『虚数』がたとえば人のニックネームだとしたら、何とか意味が通りそうじゃない?」
「“虚数”君に“私”が話し掛けている場面、ですね。でも――」
紅二点の二人目、
「『私は駄洒落に目覚めたんだあ!』って他人にわざわっざ宣言しなくてもよくありませんか」
「そこはそれ。中学高校の英語も最初の頃はひどかったって聞くじゃない。『それは何ですか』『これはペンです』みたいな、日常ではまずなさそうなシチュエーションのやり取りを教えてたって。――ですよね?」
有坂さんが僕の方を振り向き、同意を求めてきた。僕が曖昧に笑っていると、近くに座る
「いやいや、分からんよ。そのペンの外見が割り箸みたいな物だったら? 割り箸を一本だけ持って、下を向いて何やらごそごそしている人を見掛けたら、『それは何ですか』って聞きたくなってもおかしくはない。そして返答が『これはペンです』となるのも当たり前。だろ?」
「そういう特殊なケースは認めません」
「そりゃご尤もなことで」
ひとしきり笑い声が起きた。部長が軌道修正を施す。
「おいおい、脱線もほどほどにな。かわいい後輩が困ってるじゃないか。――栗栖、クイズだってことは分かったが、これだけで考えろっていうのは難しすぎないか。ヒントなし?」
「いえ、ヒントならあります。むしろ、ノーヒントでは多分、答を見付けるのは無理でしょう」
「それを早く言ってくれ」
安川さんが不満げに漏らした。どうやら部屋に入ってきてからすぐに考え始めていたようだ。
「ヒントはこれになります」
クリスさんは教卓を離れてホワイトボードに字を書き足した。慣れていないせいか、力が入って、やかましく音を立てる。
「これがヒント」
栗栖は教卓に改めて手を突き、どう?という風にボードと僕らのいる方とで視線を往復させる。
「『いい訳』……?」
最前列でじっと聞いていた
「それってさっき栗栖君が言っていた“言い訳”と同じ?」
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