良い分け

さくらみお

☕良い分け🍒

 サラリーマン・前田まえだすすむ(48)は疲れていた。


 近頃はトラブルによる深夜残業に休日出勤ざんまい。

「規則正しい生活を送る事」に命を掛けている進にとって、予想外が続く今の状況はストレス極まりなかった。



 ◆




「お疲れっす!」


 進の部下であり、有名なトラブルメーカーでもあるウエサル・星野ほしのかなめ(中東系ハーフ)が進に缶コーヒーを持って来てくれた。


「ああ、ありがとう」


「毎日毎日、こうも残業が続くと嫌んなっちゃいますよね~! マジでストレスっす! 俺、もう三日もパンツ替えてないっすよ!」


「事の発端は、お前が大手取引先の納品を大間違いした事から始まった残業だろうが。なんでお前がそんなに怒れる立場なんだ。パンツぐらい摩耗まもうして消えて無くなるまで同じ物を履いていろよ」


「前田さんにしてはブラックな返し! あ、そうだ! 俺と彼女で流行っている遊びしません?」

「……お前はどんだけ俺の時間泥棒をすれば気が済むのだ?」

「『け』っていうんですけどー」

「お前の言い訳は、この数週間たくさん聞いた」

「違う違う。「い」方の良い分けっす。例えば「コーヒー」は良いものだと思います? 悪いものだと思います?」


「コーヒー?……味は好きだし眠気覚ましには良いと思うが……」

「でも、カフェインは取り過ぎは悪いって言う人も居るじゃないですかー」

「どっちが正解なんだ?」

「それは主観で良いんすよ。自分の主観で物事の良い悪いを決める。するとお互いの事がよく分かる」

「俺はお前と何も分かち合いたくないのだが」


「じゃあ、一つ目。スライムは良い? 悪い?」

「いきなり何の役にも立たない難題を。スライムに良い悪いがあるのか?」

「前田さんの主観で良いんすよ」

「じゃあ名前が悪い」

「前田さんはスライムは名前が悪い、と。俺はぷにぷにが好きなので良いものです。お次にティラミス」


「ティラミス?……人生であまりティラミスについて深く考えた事はないが……良いんじゃないか?」

「おおー! さすが昭和生まれ! 俺はあの粉々がむせちゃってダメです。悪いものです」

「世のすべての昭和生まれに謝りなさい」


「次、じゃんけん!」

「良いもの」

「即答ですね。何か思い入れがあるんですか?」

「じゃんけんは奥が深い」


「じゃあ、アルファベットのQ!」

「悪いもの。何故、丸に棒が刺さっているのだ。俺はアシンメトリーの文字はそもそも好きじゃない。キューって鳴くのも許せん!!」

「別にQは鳴いてませんよ?」


「逆に聞こう。判子はんこ

「ダメっす。悪いもの。あいつら、遊びで押す時は綺麗なくせして、ここぞという時にかすんだり途切れたりしやがる」

「同意。インクが滲むのも許せん」


 うんうん、と頷くウエサル。

 意見が合うとなんだか嬉しい進。


 ……ちょっと楽しくなってきた。


「さくらんぼ」

「良いものっす!」

「そうだな、さくらんぼは良いものだ」

「でも、って何っすかねー?」

「深く考えるな。さくらんぼを深く考えると次第にゲシュタルト崩壊が起きるからな」


「では最後の質問っす! ウエサル・星野・要!」


 予想外の質問に、進は思わずウエサルを見つめた。


 ここで若い男女ならばトゥンク……となって、恋やら愛やらが始まるのかもしれないが、この場に居るのはオッサンとウエサルだ。

 むしろ今すぐにでも縁が切れて欲しいと切に願っている相手……。





 ――そこで進は、この質問の真理に辿り着く。


「……お前、まさか……!」


「……(こくり)。……また、仕事で、やらかしました……!」


「お……お前!! そういう事は何よりも早く言えといつも言っているだろうが!」

「残酷な真実を知る前に、ちょっとでも前田さんに楽しい気持ちをお届けしようとした俺の気持ちを無下にしないで下さい~!」


「訳の分かんない言い訳をするな!」

「じゃあ良い分けの結果として。俺は――?」











「悪いの一択だ!」




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