いいわけ

秋色

いいわけ

――言葉には力がある。だからやってしまった事は消せやしないけど、なぜそんな事になったのか精一杯相手に説明したら、あるいは分かって許してもらえるかもしれない。たとえ苦しい言い訳であっても、してみた方がいい。

 言葉は、信じた人の真実になるから。信じていないものは全て、幻やに過ぎないけど――


 それは高校時代の世界史の先生の受け売り。世界史はどうしようもなく苦手だったのに、そんな事だけはなぜか憶えている。自分の舌の滑らかさに自信があるせいかもしれない。いつも笑顔と大げさな謝罪や感謝の言葉、そして言い訳とで何とかなってきた。


 そして今、ここでもその語りに頼るしか、もう方法はない。いや、でもそれは果たして可能なのか?


 俺は美容師で、お客様は「肩ラインのボブに」と言ったのに、考え事をしていて、そしてお客様は居眠りをしていて、結果、いつの間にかベリーショートになってしまった。


「お客様」

 声をかけ、目を覚ましたそのお客様は、案の定、鏡を見て驚いていた。まだ学生か、あるいは社会人に成り立てか。責める言葉の前に、眼に涙を溜め始めた。店長にクレームを言われる前に何とかしないと。


「お客様、申し訳ございません。切りすぎてしまった事は。でもこれには訳があるんです。もう春ですよね。今の季節にお客様に似合うのは、ベリーショートしかないって俺の直感なんですよ。桜の花びらが舞う中、スプリングコートを着て歩くベリーショートのお客様の姿が見えるような気したんです。ベリーショートって天使の髪型ですよね?」



 我ながら、なんてひどい言い訳だろう。あり得ない。言い訳が苦し過ぎる。いや、本当に胸が苦しい。


――言葉は、信じた人の真実になる――


 世界史の先生は正しかった。

ただし、その効果はオレにテキメンだったんだ。今、窓から差す陽光を受け、鏡に映るお客様が本当、天使のように見えてしまうから。



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いいわけ 秋色 @autumn-hue

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