『それでいいわけ!?』『いいさ。』

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

口癖は『いいわけ』と『いいさ』

 私、釜木かまきあおいの友達、神庭恭一かんばきょういちの口癖は『いいさ』だった。

 保育園で、自分が使っていた車のオモチャを友達が奪い取っていった。友達はそれを何とも思わず楽しそうに走らせて遊んで、それを恭一はキョトンとした顔で見ていたのを覚えている。

 『ひとがあそんでるおもちゃをとっちゃいけません!』

 私はそう教わっていたから、それが子どもながらに許せなくて、友達に食って掛かろうとした。そしたら恭一は首をクルクル振って言った。

 「いいさ、いいさ。それよりアオちゃん、これで一緒に遊ぼう。」

 そう言って笑って、私に見せたのは積み木だった。

 「キョーちゃんいいわけ、あのクルマ、好きなんでしょ!とられちゃったよ!」

 「いいさいいさ。アオちゃんありがとう。

 でも、僕はクルマで遊ぶよりもアオちゃんと遊ぶ方が楽しい。」

 キラキラした笑顔で言われて、私も積み木が楽しそうだったから、一緒になって楽しく遊んた事は今も覚えている。


 私、釜木葵の友達、神庭恭一の口癖は中学生に成長しても『いいさ』だった。

 「恭一って大して動ける訳でもないし、顔が良い訳でもないし、頭も悪いし、生きててよくも恥かしくないよな。凄いぜ。」

 放課後のこと、同級生が一生懸命期末前の勉強する恭一を嘲笑していた。

 私はそれを聞いて脳が沸き立った。

 ふざけるな、お前みたいな不真面目でやる気の無いバカが神庭を見下すな!

 拳を作って後ろから思いっきり殴ろうとしていたら、神庭が立ち上がって私の前に教科書を見せた。

 「釜木、これ解らないんだけど教えてくれる?」

 いつも通りの、穏やかで安心する笑顔だった。

 「ちょ、キョーちゃん!悔しくないの、あんな奴にあんな事言われっ放しでいいわけ⁉」

 中学生になって封印していたあだ名呼びがつい、口をついて出た。

 それを聞いて嬉しそうに、何時もの様にキョーちゃんは言ってくれた。

 「いいさいいさ。アオちゃん、有難う。

 その通りだし、だから皆に恥ずかしくない様に頑張ろうと思う。

 だから、ね?この数式の解き方を教えて貰っていい?」

 酷い事を言うだけ言った同級生は私達に飽きたらしく、もう居ない。

 「……いいよ。その代わり、私にも英語教えて。過去分詞とか…意味解んないから。」

 結果、キョーちゃんを馬鹿にするだけした同級生は平均点以下、悪くて赤点。私達二人はそれぞれの得意分野で上位に食い込んだ。

 お互いに教わった教科の成績は得点上昇率が学年トップ。先生に褒められた。


 私、釜木葵の友達、神庭恭一の口癖は大学生に成長しても『いいさ』だった。

 雑用を押し付けられても、頑張って調べた統計データを横取りされても、バイトで面倒な客の処理を押し付けられても、怒らない。

 その度に私は言った、『キョーちゃんはそれでいいわけ⁉』と。

 その度にキョーちゃんは言った。『いいさいいさ。ありがとうね、アオちゃん。』

 私はそれがずっと許せなかった。キョーちゃんはとっても良いヤツで、バカにされる人間じゃないから、ずっと、ずっと言い続けてきた。

 そして、遂に、キョーちゃんに『いいわけがない!』と言わせる日が、やってきた。




 「キョーちゃん、私はキョーちゃんが大好き。こんな私で良ければ付き合って下さい。」

 それはある日の事だった。付き合いはもう20年、キョーちゃんとは相変わらず仲良しで、だけど、ずっと言わなかった思いをぶつけた。

 こればっかりは『いいさいいさ。ありがとうね、アオちゃん。』と言われるとは思ってなかった。

 「いいわけがないでしょ、アオちゃん!」

 滅多に無い、然程怖くないキョーちゃんの怒った声を聴いた。

 「『こんな私』なんて、ずっと僕を見てきてくれて、僕の為に怒ってくれて、僕に力を貸して、僕を認めてくれたアオちゃんをそんな風に言っていいわけがないでしょ!

 ……こちらこそ、よろしく、お願いします。」

 そして力一杯抱きしめられた。



 そして……

 「キョーちゃん、本当に、いいの?」

 「いいさいいさ。有難うね、そして宜しくお願いしますアオちゃん。」

 今日から神庭恭一は釜木恭一になった。

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