幼なじみの婚約者が何回も婚約破棄したがる件

夢生明

はた迷惑な二人



 鈴の音のような毒がかった笑い声が響く会場。貴族たちの腹黒い言葉が飛び交うカンバセーション。

 紳士と淑女は荘厳な音楽に乗せて優雅に踊るも、その間に流れるのは打算と妥協、そして探り合い。


そんな美しいだけではない貴族の夜会に、1つの凛とはっきりとした声が響いた。


「わたくし、イザベラ・シュタインはオリヴァー・アレクトリアとの婚約破棄を宣言致しますわ‥‥!」


 笑い声、探り合いそれら全ての言葉を圧倒的力で飲み込み、宣言を下したのは1人の美少女。


 うねる金髪の髪を厳かに揺らし、ルビーのような煌く瞳は決意に満ちている。彼女は公爵令嬢その人であった。


 そして、彼女が婚約破棄を宣言したお相手はオリヴァー・アレクトリア。


 伯爵子息であり、彼の親はその敏腕さを国王から買われ、宰相を務めるほどの有能さ。


 更に、その息子であるオリヴァー、彼本人も学生時代は常に主席を確保するほどの優秀さで、次期宰相との呼び声が高い。国で1、2を争うほどの有望株である。


 これで美男子であったなら、誰もが婚約を望むお相手になったであろう。


 しかし、彼は、まったくもって美男子ではなかった。だからといってブ男というわけでもない。

 ただ、普通の顔なのである。黒髪に、一重の目、痩せすぎず太りすぎずな身体。唯一の特徴といえば、かけている眼鏡くらいなもの。

 一回見ただけでは、忘れてしまいそうな顔をしている。


 見た目だけでいうと、絶世の美少女であるイザベラと釣り合いがとれていなかった。


 ‥‥とは言え、一方的に婚約破棄を申し入れるなど言語両断。いくらイザベラの方が身分が上でも、醜聞は避けられないことだった。


 しかし、彼女の宣言に対して周りの反応は普通とは一味違うものだった。

 蔑むでも、馬鹿にするでも、嫌味な笑みを浮かべる者はほとんどいない。

 寧ろ手に汗を握り、この2人の行方を案じているのだ。


 腹の探り合いである夜会で、他人を案じるとは何故か?それは、皆がこの後の展開を知っているからだ。




(くるぞ‥‥‥‥‥‥‥)


(くる‥‥‥‥‥)


(絶対にくる‥‥‥‥‥‥‥)




 貴族達は囁き合う。


 そして、当の本人。

 たった今、婚約破棄をされたオリヴァーはかけている眼鏡をグイッと押し上げて、冷静沈着に申し上げた。


「分かりました。残念ですが、君との婚約破棄をしましょう」


 「残念」そう言いつつも、全く残念では無さそうに淡々と述べる。


 その反応に、周りは顔色に出さずに、湧き上がった。




(キターーーーーー!!!!)


(塩対応宰相キターーー!!!)


(案の定塩対応‥‥)




 彼は、一部貴族達から「塩対応」として定評があった。

 定評があるというのもおかしいかもしれないが、それによって男女共に一部ファンが出来ているのだから仕様がない。


 一方、イザベラ様。

 婚約破棄を受け入れてもらえて喜んでいるかといえば、全くそんなことはなかった。寧ろ、顔を真っ赤にして怒り心頭という感じだ。


「〜〜〜〜〜っなんで!そんなに冷静沈着なのよ!!」


「私のことが嫌いなのでしょう?それなら仕方がありません」


「っっっ!そうよ!悪いかしら?!」


 オリヴァーに対してイザベラは勢いよく指を指す。その反応に対して彼は、「そうですか」とあくまで冷静に返す。


「それなら、婚約破棄致しましょう。もう、この茶番、何度目だと思っておられるのですか?」


 そう。彼の言う通り、この「婚約破棄劇場」はこれが初めてのことではない。


 だからこそ、貴族達は2人の掛け合いの展開を既に存じていた。何度も‥‥それこそ、彼らが社交界デビューする前から繰り広げられていた。その数なんと‥‥‥‥


「もう、21回目です」


 ‥‥だそうだ。


 その数を知らなかった貴族達は、本日初めてざわめいた。そんなに、これを繰り返していたのか、と。


 さて、何故こんなことを何度も繰り返しているのか。なぜならー‥‥


「なんで細かく数えているのよ!!それだから、私は」


 イザベラは顔を真っ赤にして、涙目で言い放つ。なぜなら、イザベラは‥‥


「私は、あなたのことが好き‥‥‥じゃないのよ!」


 大好きなのだ。オリヴァーのことが。


 2人は、領地が近いことや、イザベラの2歳年上の兄がオリヴァーと同い年であることから、幼い頃からよく顔を合わせ、遊んでいた仲である。

 幼なじみのような関係でありながら、婚約者であった。


 そして、イザベラは婚約当初から、オリヴァーに恋をしていたのだ。


 しかし、自分のことを好きになってくれないオリヴァーに対して素直になれず、「好きじゃない」と言い続けてしまうのだ。


 息を切らしながら、本日もいつも通り、その気持ちと反した言葉を言い切ったイザベラ。


 その様子に対して一部特殊な趣味を持つ殿方はわずかに湧き上がっていた。




(ツンデレだ‥‥‥)


(相変わらずのツンデレ)


(ツンデレ萌え‥‥‥‥)




 この婚約破棄劇場が、夜会にて始まったばかりの頃は、それを見ていた者は皆、イザベラはオリヴァーが嫌いなのだと言葉通りに受け取っていた。


 しかし、それが繰り返されるうちにイザベラはオリヴァーが好きで、婚約破棄を宣言することで彼の気を引きたいだけなのだと気づき始めた。


 気づき始めると、一部の殿方はイザベラに萌え上がり始めた。ツッコミどころが満載である。


「存じております。なのでさっさと婚約破棄を致しましょうと申しているでしょう」


「それは!あなたが全く動じないから!」


「?‥‥何を言いたいのですか?」


「だから!私が、あなたのことを‥‥‥っ」


「嫌いなのでしょう?」


「そそそそそうよお‥‥‥‥うぅ」


 イザベラ、最早泣いている。


 そして、このオリヴァー。頭の回転の早い切れ者でありながら、ドのつく鈍感であった。

 イザベラの好意に全く気づいていない。素直になれないあまり、「嫌い」を連発するイザベラもイザベラだが、ここまでくると流石に気づきそうなものである。

 が、全く気が付かないのだから仕方がない。


 そして、貴族達は予想する。この後の展開を。




(これはいつものパターンだな)


(きっとこの後は‥‥)


(いや、意外な裏切りが‥‥‥)




 実は、周りの貴族方。2人の婚約破棄劇場に関して毎度毎度賭けをしていた。この後の2人の展開についてを。

 婚約破棄が何かの催しと化している。


 オリヴァーは、問う。


「それで、イザベラはどうしたいのですか?」


 現状維持か、イザベラの気持ちは伝わるのか、はたまた本当に婚約破棄をしてしまうかー‥‥


「そんなの‥‥」


 賽は投げられた。決定権はイザベラが握っている。


 イザベラは、拳を握りしめ、泣きそうな顔で最終決定を下す。


「そんなの!婚約破棄なんてする訳ないでしょう!見ていなさい!あなたがベタ惚れしてから振ってやるんだからー!!!!」


 その台詞に自分で恥ずかしくなったのか元々赤かった顔を更に赤くして、クルリと後ろを向く。そのまま会場の出口まで走り去って行ってしまった。


 その様子に、ギャラリー貴族達は息を吐く。




(イザベラ様、”捨て台詞&走り去る”パターンか‥‥)


(今回は王道だった‥‥)


(前回は”オリヴァー様流石にブチギレ(静かに怒る)”パターンだったからな‥‥)




 賭けに負け、悔しがる者、喜ぶ者。

 様々いるが、そんな囁きをものともせずに、オリヴァー様は、走り去っていくイザベラに声をかける。



「走ると危ないですよ。落ち着いて下さい」


「わかっているわよ!バカ!」


 なんて言い合っている、その姿はまるで親子のようである。そんなことを聞いたら、イザベラは泣いてしまいそうだが。


 そして、イザベラは夜会を去って行ってしまった。急に会場は静かになる。そして、イザベラとの応酬を終えたオリヴァーはギャラリーに対して頭を下げた。


「皆さま。毎回ご迷惑をおかけして申し訳ありません。それでは、イザベラを送っていかなければならないので、失礼致します」


 あくまでも、冷静沈着に、動揺も何も見せない。「塩対応宰相」の名に恥じない行動だ。しかし、ちゃっかりイザベラを「送る」という辺り、過保護というか何というか‥‥

 そしてイザベラを追いかける為に、彼はさっさと会場を出て行ってしまった。


 それを見ていたギャラリーは天を仰いだ。そして、全員が思った。

 ああ‥‥‥‥もどかしい、と。



 婚約破棄を催す、はた迷惑な2人のすれ違いは、これからもつづく。

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