いいわけなんてしないニャン

ふさふさしっぽ

本文

 黒猫のココアと白猫のマシュマロは、割れたマグカップを見つめていた。


「割れてるね」


「ああ、割れてるな」


 マグカップはアパートのフローリングに木っ端みじんとなって散らばっていた。


「こう言っちゃなんだけど、足を引っかけたのマシュマロだと思うんだ」


「ココアの猫パンチが当たったんだろ? 俺は見てたぜ」


 二匹は罪のなすりつけをはじめた。

 無理もない。

 ときはさかのぼること三十分。

 二匹は追いかけっこを始めた。猫は夜行性で、夜になると活動が活発になるのだ(多分)。

 テーブルの上には今朝会社に遅刻しそうだと急いでいた工藤あかりが置きっぱなしにしたマグカップがあった。

 工藤あかりというのは二匹の飼い主の女性だ。現在二十八歳、独身。深夜アニメのキャラクター「魔導師の青年」をこよなく愛している。

 このマグカップは魔導師の青年のイラストが描かれたイベント限定マグカップであり、あかりは毎朝このマグカップでコーヒーを飲み、気合を入れ会社に向かうのだった。


 そのマグカップが割れている。

 粉々だ。

 追いかけっこに夢中になり、テーブルに飛び乗ったりしていた二匹が割ってしまったのだ。


「何回見ても割れてるね」


「ああ、何回見ても割れてるな」


「あかりちゃんがとっても大事にしてたマグカップ」


「イベントでしか手に入らないレアものだって言ってたな」


「どうしよう、もうすぐあかりちゃん、会社から帰って来るよ、怒られちゃうよ」


「何かいいわけを考えないとな」


 二匹は「うーん」と考えた。マシュマロが「そうだ」と閃いた。


「二匹で体調悪いフリしようぜ。よろよろしてればマグカップぐらい倒すし、あかりも怒らないだろう」


「いいね、それ、ナイスアイデアマシュマロ……って、やっぱりだめだよ! あかりちゃんに正直に謝ろう!」


 ココアは金色の目でマシュマロを見つめた。


「何この流れでいきなりいい子ぶってんだよお前! ……でもしょうがねえか、ここはいいわけなんがせずに潔く謝ったほうがいいぜ、ココア」


「なんで僕が割ったことになってんの!?」


「あかり、がっかりするだろうな」


 ぽつりとマシュマロがつぶやく。ココアもうなだれる。


♦♦♦


「ただいま~、ん? どうしたの、ココアもマシューもかしこまって」


 五分後、会社からあかりが帰って来た。

 おとなしく玄関で二匹並ぶ猫を見て、あかりは首を傾げる。


「いつもは帰るなりごはんくれってうるさいのに……あ、マグカップが割れてる!」


「にゃーにゃー、にゃんにゃん(ごめんなさい、あかりちゃん)」


「にゃおん、にゃにゃにゃ(すまん、わざとじゃないんだ)」


 ココアとマシュマロは素直に謝った。あかりに通じてるかどうかはわからないが。

 当のあかりはマグカップをほったらかして、二匹を入念に調べ始めた。


「ココア、マシュー、どこも怪我してない? よく見せて。……ああ、よかった二匹が無事で」


 二匹を交互に抱き上げ、頬ずりする。


「にゃんにゃん、にゃんにゃ!(あかりちゃん、大好きだよ!)」


「にゃにゃにゃん、にゃ(一生ついて行くぜ)」


 その日、ココアとマシュマロはあかりにぴったりとくっ付いて、一緒に眠った。

 ベッドの中で身動きできないあかりは「今日の二匹は一段と甘えん坊だなあ」とちょっと不思議に思ったのだった。


 


 

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