自由になるための『20237』

久路市恵

いいわけ


「夫を殺しました」


 自ら110番通報をし友美は逮捕された。


 取調室には女性警察官と刑事の二人がいる。


「どうして旦那を殺したんだ」


 事情聴取を受ける友美は終始うつむき加減で心許こころもとない小さな声で応える。


「気がついたら死んでました」


「どうやって殺したんだ」 


「どうやって……」


「あんたDVを受けてたのか?身体中にアザがあるんだってな。それから逃れるために殺したのか」


※※※


 結婚した時は多少の会話はあった。しかし雅史は部屋にこもっている事が多く自部屋から出てくる事は殆どなかった。


 食事、風呂、トイレ、それ以外で出てくるとしたら、眠っている友美を抱く時だけだ。


 部屋の中から会話が聞こえてくる。ドアに寄り添って耳を傾ける。


「誰と話してるのかしら」


 ノックして部屋に入ると、女の子のフィギアを愛おしそうに抱いて話しかけている。


 雅史は友美を睨みつけ、


【珈琲の入っているカップを投げつける】


 別の日、


【性交渉を拒むと首を絞める】


 別の日、


【背中の洗い方が雑だと頰を叩く】


 別の日


【妊娠しているのに階段から突き落とし流産させた】


 これらは、ほんの一部の出来事である。


 ある日、友美は意を決して部屋のドアをノックする。


「雅史さん、お話があるんです」


「そこで話せ」


 部屋のドアの外から想いをきりだす。


「離婚してください」


 振り返った雅史は般若のような顔だ。


「離婚はしない。お前がいなくなったら、僕のご飯は誰が作るの。お風呂は誰が入れてくれるの、身体は誰が洗ってくれるの、洗濯は誰がするの、僕の性欲の捌け口は……困るだろ。だから離婚はしない、パパもママも許してくれないよ。お前の家の借金、全部、肩代わりしてやってんだもんな。お前は一生奴隷なんだよ。ふふ」



 そして、友美は覚悟を決めて部屋に入った。雅史の腕の中の女の子のフィギアを奪ってペン立ての中のカッターナイフをフィギアの胸にぐいぐいと刺しこむ。


「なんて事するんだ!僕のミサちゃんが死んでしまうじゃないか!」


 フィギアを抱きしめて泣き叫ぶ雅史は逆上し部屋から駆け出るとキッチンの流しののナイフスタンドから包丁を持ってきて友美の前に突き付けた。


「ミサちゃんにした事と同じことをお前にしてやる!ミサちゃんの痛みをお前も知れ!」


 勢いよく体当たりしてきた雅史の手首を持ち必死に包丁の先を自分の方から避ける。


 気づくと雅史は友美の上で覆い被さりぐったりとしていた。


 その身体を力一杯避けると雅史の胸に包丁が刺さっている。自分の手を見ると雅史の血がべっとりと付いていた。


 そして友美は震える手で受話器を握った。


※※※


「包丁は旦那が台所から持ってきたんだな」


「……はい」


「確かに状況証拠では包丁のつかの指紋がそう物語ってる」


 普段包丁を使っているのは友美だ。その友美の指紋の上に雅史の指紋がべったりとついていた。


 それが証拠となり、友美には殺意がなかったと立証される。


 

 刑事裁判判決言渡日


「被告人、垣本友美は殺人を犯したが、殺人に至る経緯を訊くと情状の酌量の余地ありと考えられ同情すべき点が多くみられる。よって刑法三十六条、正当防衛とみなす」


 友美は俯いたまま判決を待っている。


「判決主文、被告人は無罪」


 友美は深々と頭を下げた。


 無罪となった友美は弁護士の榊と共に裁判所を出る。


 そこには被害者である夫の垣本雅史の両親、昌治と妻の恵子が待っていた。


「すまなかったね。友美さん、あんたに雅史をしまい、こんな事になってしまって……」


 昌治は友美の手を握りしめて頭を下げる。


「いいえ、大事な雅史さんの命を奪ってしまった。お義父とうさんとお義母かあさんに申し訳なくて」



「あの家を出て行くのね」


 恵子も友美を抱きしめた。


「はい、実家へ戻ります」


「なにか困った事があったら、訪ねてきておくれ」


 そういい残し二人はタクシーに乗って裁判所を後にした。それを見送る友美と榊、


「榊先生、お世話になりました」


「貴女は正当防衛が認められて無罪となりました。これからもしっかりと前を見て生きてください」


「はい」


 榊に見送られる視線を感じながら少し歩いて振り返り、自分を見ている榊にもう一度深く頭を下げた。


 前を向いた友美は空を見上げて微笑む、


【カップを投げつけ壁にあたり割れて額が傷つくようはかった】


【セックスの時首を絞めてって言ったら喜んで首を絞めた】


【背中に虫がいるって言ったら手を振り回して払い避けようとして頰にあたった】


【あの人の子供なんて産みたくなかったから自ら階段を踏み外した】


 こうした日々の出来事を事細かに証拠とし外堀から埋めて行く、



 例え表裏、さかさまであったとしても、あたかも真実であるかように……。


 雅史を抹殺するためには必要な事、


 そして無罪になるを考えあぐねた。


 それは"いいわけ"をせず、全てを素直に自供し悲劇のヒロインを演じる。


 それが友美の出した完全犯罪への答えだ。


「これで私は自由。誰にも縛られず。何処へでも行ける」


               終わり

 

 

 






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自由になるための『20237』 久路市恵 @hisa051

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