【KAC20237】―①『言い訳を煮込む男』

小田舵木

『言い訳を煮込む男』

 俺の人生は言い訳に満ちている。


 どうして学校にいかないの?―居るやつがクソだから。

 どうして仕事を見つけないの?―どうせクソみたいな仕事しかないから。


 そんな訳で絶賛ニートである。

 好きなように過ごす毎日。

 ただ浪費されていく人生。


 これで良いのか?オトンは言ったね。

 貴方あなたには可能性があるのに。オカンは言ったね。

 アンタには気概きがいが無いの?姉貴も言ったさ。


 俺はかく問われたのでこう言い訳した―「どうせ俺は早晩そうばん死ぬし、良いんだよ。頑張らなくて」


                      ◆


 人生を降りる言い訳に事欠かない俺は今日も惰眠だみんむさぼり、昼の十二時まで

 起きれば家には誰もいない。この家の守り神たる俺は今日も自宅警備じたくけいびいそしむぜ?

 とりあえずはPCを起動し。SNSとニュースサイトを巡回して社会を知った気になる。こうしていると少しは社会にコミットしてるような気がして良い。


 寝癖だらけの頭でリビングに行って。

 そこに連なるキッチンで湯をかし、その間にパンを貪り。

 沸いた湯で入れたコーヒーをすすりながら、今日の予定をたてる。

 ニートにだって1日のTODOがあったりするのだ。

 どのゲームを消化し、どの本を読むか、はたまた何処に出かけるか?

 苦い黒の液体が俺のどどめ色の脳細胞をり起こす。

 

「ああ。今日、図書館の本の返却期限だな」かくつぶやき。

 

                      ◆

 

 ニートは日中外出しない。これは創作のステロタイプが産んだ都市伝説である。

 むしろ、午前から午後3時までは同年代のやからとぶつからないので出かけるには丁度よい。

 20を超えたばかりの俺は、大学生を見ると死にたくなる。 

 何故か?

 体調が悪いと言い訳して、大学入試をボイコットしたからである。

 本当は勉強しても伸びない偏差値に絶望してだ。

 

 俺は言い訳の山のサルのボスだよなあ。とか思いながら近所を歩き。

 新緑しんりょくを見て呪う。何が育ち盛りだ。

 光は容赦なく俺をき。俺は汗を垂らしながら図書館に急ぐ。

 

                      ◆


 図書館で小むずかしい本を借りて読み倒す。これも一種の言い訳である。

 大学には行ってないが、読書だけは誰にも負けない―とか思ってはいるが。

 本当は分かっているさ。独学でどれだけ難しい本に挑もうが意味などないと。

 

 俺のこのさまを思うとある男が頭に浮かぶ。

 アドルフ・ヒトラーだ。

 しかし。かの男は美大入試に挑むだけのガッツはあったし、その後は曲りなりに政治活動に打ちこんでいる。評価はしないが。

 

 図書館には書籍があふれ。俺はこの森の中で、もくもくと木を切り倒すが。

 そこに意味などないような気がして。

 

 

 

                     ◆


 帰り道にスーパーに寄る。

 オカンからの頼まれごと。夕食作り。

 面倒くせえなあ、と思う。別に料理は出来ない訳ではないが、積極的にする動機がない。

 面倒なのでカレーにしてしまう事にする。あれなら時間はかかるが手間は要らず。

 適当に野菜を買って、昼飯代わりにパンを買って俺はスーパーを去って。

 

                    ◆


 帰り道の続き。

 時間帯が微妙になってきやがった。

 そろそろ大学生なんかもいてくる時間帯であり。ちなみに高校生や中学生も見たくない。

 見てると自分の呪われた青春を思い出すからだ。

 学生時代は言い訳こいてサボったものだ。

 その言い訳はいつしか本当になったがな。体調がおかしくなったのだ。

 調、それが俺にくだされた診断であり。公式なサボりの免罪符めんざいふになり。

 俺は自宅学習でもいいから、高認こうにん取るから、と言い訳をして高校を2年でドロップアウトした。そこから夢のニートライフは始まり。

 

 それから3年。

 高認だけは取ったが―大学入試を中途で降り。かと言って就職活動をする訳でもなく。

 家族はれ物を扱うように俺に接する。

 まあ、引け目は在るはずなのだ。俺は彼らの都合に合わせて生活してきた。

 繰り返される転居に付き合った。

 この事実がある限りは俺は言いわけ出来る…今のところは…


「君は」と俺の眼の前に量産型ありがちな女子大生が居り。

「…どちら様でしたかね?」俺は回避行動に転じる。

「…高校で同じクラスだったじゃん」彼女は言う。分かっているさ。

日野ひの…か。メイクしてるから気が付かんかったなあ」

「嘘こけ。私は髪はまだしもメイクは変えてない」彼女は言う。

「…女は変わる生きものだから」

「そんなに老けてないっちゅうに」

「お若いですよねえ」なんて適当な言葉を挟む俺は痛々しい。

「…高校中退してから3年。何してたんだよ?」彼女は少し厳しい顔で問う。

「…大学受験に向けて邁進まいしんしておりましたとも」

「何処の大学に進んだのさ?」

「…人生という名の大学に在学しております」

「ああ。やっぱり」彼女はため息をつき。

「ああ。やっぱりだよ」

「アンタは―変わってない。

 

                       ◆


 

 俺にも青春はあったのだ。かつては。

 サボりながらも高校にギリ通ってた頃に日野に出会い。

 俺は彼女に惚れ。なんとかかんとか交際にこぎつけたのだ。

 が。

 元来がんらいのサボり癖というのは恐ろしい。

 彼女に対してもたる俺は言い訳をし倒した。

 破綻するのは時間の問題だったのだ。


                      ◆


「そうやって。君は学校に来ないんだ」制服姿の日野は俺の家に乱入したが。

「腹が痛いもんよ」事実だ。自律神経のイカれは腹の調子を悪くすることもある。消化器がおかしくなるのだ。

「私は月イチのモノでも耐えるけど?」部屋着姿でベットに正座した俺にかく言う。

「男子は繊細なの」根拠はない。

「言い訳」

「得意技だ」

「ムカつく」

「スマンの」


 こういう平行線は二度目三度目…何度目だっけ?

 日野は実に辛抱しんぼう強かったが。たる俺に叶うはずもなく。


「いい加減出席日数足りなくなる―」

「お前は分かってねえな…何のための単位制だっつの」俺達が通う高校は単位制で。テストとレポートさえこなせば最低限の日数で単位が降りる。

「…ねえ。常葉ときわくん」常葉とは俺の名。小森こもり常葉ときわ

「あんだよ?」

「君は…中学時代のを―繰り返したくはないでしょう?」その間違いとは―

」そう。やんちゃしていたのだが。そのせいで学校で浮きまくり。いつしか孤立して。サボりがちになり。高校入学と共に転居し。

「今度は穏当に暮らしてたじゃん?何で?」高校生活は大人しくしていたが。

「とは言え。素行が悪いのは治らず」

「クラスの大半から白い目で見られ」

「行きにくくなった…なんだ、分かってるじゃん」

「君ははたから見ると単純なんだよ」日野は言う。曲りなりにも彼女なんですが。

「自分ではそう思ってないけど」

「人は行動によって規定されるものだよ」

「そうかい。俺がってかい」

「無駄だね」

 

 かくして。



                     ◆


何故なぜ俺に付いてくるのよ?」はたにくっつく日野に言うが。

「久しぶりにお宅訪問かましてやろうかと思ってね」

「お前は他人だ」

もと彼女を捕まえて他人呼ばわりとは」嘆息たんそくする日野。

「振ったのはお前でしょうが」俺からは何も言ってねえ。

「…あんなのに付き合う女は

「今の俺も変わらんて」

「ま、今回は昔のよしみ」

「お前、暇なの?」

「大学の夏休みは長い。そして今日はバイトでもない」

「おーおー。やっとりますのお」

「やってるよ、君と違って」

 

 なんて会話を交わしながら家に付いてしまい。

 

「いい加減、どっか行けや」

「いいじゃん、じゃん」

「あんなモノ―性欲なの」と俺はキツめの言い訳をかまして追い払おうとするが。

「無気力な君にもいっちょ前に性欲はあるんだよなあ」

「生物の本能だ」

ね…まあ、ほら、お茶にでも招待しなさいよ」

「飲んだら帰る?」

「帰るから」

 

                     ◆


 コーヒー片手に対面する俺と日野。

「しゃべんねえなら帰れや」

「…変わってないねえ、君ん」割としょっちゅう上がりこんでいたのだ。日野は。

「そりゃね。住んでるヤツが変わってないし」

貴方あなたは特にね」

「…面倒くさ。お前、休憩しにきたなら好きにしろや…俺はカレー作らないかん」

「料理してたっけ?」

「ニートライフ中に体得たいとくした…働いてないなら、せめて家事しろってオカンもオトンもうるさくてな」

「お手並み拝見」

「勝手にしろい」


 俺は日野を放置してキッチンに行く。

 キッチンはアイランドなのでリビングからよく見えるのだ。

 とりあえず。野菜切っちまうか…


                     ◆


 ジャガイモとニンジン、玉ねぎの皮を剥き。…面取めんとりもしとかないとな。

 最初に小さなフライパンで玉ねぎを弱火で炒める。

 その間に大鍋にジャガイモとニンジン、豚肉を入れて炒める。適当に火が入った所で水を投入するのだが。俺は水の代わりにビールとトマトジュースを使う。そこに更に、にんにくのすりおろしと生姜のすりおろしを加え。

 玉ねぎは飴色あめいろになるまで炒めて。いい感じになったら投入。

 最初は灰汁あくをとりながら煮る。ジャガイモとニンジンに箸が通るくらいになったら粉末タイプのルゥを加えて―後は煮込むだけだな。

 ああ。楽でよろしい。


案外あんがい工夫するじゃん?」と日野はいつの間にかキッチンに居り。

「…この程度の工夫、普通だろうが」

「いや、私はルゥぶっこんでおしまい」

「…豪快だな。で」

「食べられれば良くない?」

「んなモン、レトルトで宜しい」

「こういうところは細かいな」

「俺は繊細」

「…お腹減ってきた」

「お前はウチを喫茶店か何かだと思ってない?」

「かもね。マスター、カレーください」

「800円な」

「ケチ」

「材料費と手間とガス水道代」

「仕方ない…」


                      ◆


 俺はじっくりカレーを煮込む派であり。ちょくちょく灰汁あくすくいに行ったりするのだが。

 …日野。。流石に本人ってゲーム出来んし。


「小森くん」

「へい」

対面といめんに座る彼女は言う。

「嫌だ」

「なんでさ」

今更いまさら社会に出る気しねえもん。後1年したら俺は自殺する」…これは案外あんがい本気だ。いい加減、

「へえ?死ぬ勇気あるの?」

「ロープは買ってあるぞ。部屋にある…後は場所の選定だ」借家しゃくやで自殺するのは面倒が多い。

「場所の選定って言い訳は残してあるんだね?」彼女は言い。

「…言い訳キングだから」

「とか言って。んじゃない?」

「んな訳―」ある。怖くない訳はない。しかし。で。

「怖いなら…生きてよ、寝覚めが悪い」しれっと言うあたりが彼女だな、と思う。

「お前の寝覚めの為に生きろってか?」俺は言い返すが。

「その通り。死ぬのなんて何時だって出来る」

「それじゃあ―っと灰汁あくすくう」と俺はキッチンに行き。すかさず追いかける日野。

「逃げるな」

「あんなあ?いきなり家に押しかけてきて―ああだこうだ言われろ、逃げるわ、ドアホウ」俺は鍋の中の汚い泡を掬い。

」と彼女はつぶやき。

「心のこすなや。振ったのはお前だろうが」

「好きで振ったわけじゃない」ああ。出たよ。女子の面倒なが。

「依存されるのが嫌で。えて振ったとでも?」ふたりの益を考えて、付き合い方を変えましょう?

「まあ、それっぽく言えばそう」

「言い訳だな。お前にしてはまずい」

「何が言いたいのよ?」

、以上」

 

                     ◆


「―そうだね」と彼女はリビングに戻っていき。

 俺は鍋をかき混ぜて。

 ああ。俺はチャンスを不意にしようとしてるよな、と思う。

 


 鍋は煮まり。俺はそこにトマトジュースを足し。

 彼女はリビングで黙り込み。

 ああ。。この鍋と同じように。

 知ってるさ。

 それを回避したければ、意思という水を足すしかなく。

 

                     ◆


 気まずい一時間の後カレーは出来でき

「出来たぜ?」俺は皿によそったカレーを日野に示す。

「いただきます」と彼女は言い。

 その対面で俺は彼女を見ながらコーヒーを啜り。

「美味しいよ」彼女は言った。

 

                     ◆


 日野はカレーを食べ終わると―俺の家から帰っていった。

 残るは彼女の食べ終えた皿であり。

 それを見て俺は思う。


 ―このままで良いのか?言い訳し続けて。アイツは立派にやってるじゃんよ。

 

 


 県内トップクラスの女子高校に進むだけの才を持った彼女は―半年でそこを辞めた。いわく女子校のアレコレ。

 そして俺の高校に秋口あきぐちに転入して。低レベルな授業を面倒そうに受けていたのを覚えている。

「アホばっかで詰まんねえだろ?」単位の為に登校した俺は彼女にそう問うて。

「間違えたな」彼女は俺を見ずに言い。

「ま。この掃きめで適当にやれや」俺はシニカルぶってそう言い。

「よろしく」と彼女は言った。


 それから少ない登校の中で彼女に会うと声をかけて。

 何かの本の話をいとぐちに仲良くなって。

 そのうち、俺が彼女に惚れ。

「付き合ってくれ」なんて言ったっけね。

「―暇つぶしにはなる」と彼女が受諾じゅだくしたのを覚えている。

 

                      ◆


 アイツは俺の何処が好きだったのだろうか?

 そう思いながら食べるカレーは複雑な味がし。

 

 ああ。久しぶりに感情が揺り動かされた感覚。

 それは気分の悪いものでもなく。

 。そんなカレーの味みたいな感触。


「社会復帰な?」と皿を洗いながらつぶやき。

 果たして今から俺はどうするべきか?

 正直分からんから―


 皿を洗い洗い終えた俺は、携帯を取り出し。

 久しく見てなかった電話帳に目を通し。

「日野いずる」という項目をタップし。


                     ◆


 かくして。1年。

 季節は春。相変わらずのニート生活…ではない。

 何故か俺は新入生でごった返すキャンパスに居り。

 

「よっ」眼の前に彼女は現れ。

「同じキャンパスかよ」と毒づき。

「同じキャンパスの学部選んだ癖に」

「先輩が居ると何かと便利だ」俺は照れを隠し。

「…ようこそ。人生へ」どういう事だよ。

「いらっしゃいましたよ…お手柔らかに」

「ま、私あと少ししたら出ていくけどね」

「なぁに。少しアテンドしてくれりゃあ良い」

「そ。ま。頑張りなさいよ」

「ああ。からな…やってみるさ」

「そんな言い訳はもうらないでしょう?」


「かもな」

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【KAC20237】―①『言い訳を煮込む男』 小田舵木 @odakajiki

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