それで良い訳がなかった

汐海有真(白木犀)

それで良い訳がなかった

 君に酷いことを言ってしまった。


 夏という季節に染め上げられた世界で、狂気的な赤さをした夕暮れの空を見つめながら、私は一人でブランコを漕いでいた。

 きい、きい、という音を立てながら、家に帰るのが面倒だなとぼんやり考えていた。自分は母親と馬が合わないことを、高校一年生になってようやく理解した。


「あれ、宮園みやぞのじゃん」


 後ろから声がして、私はそっと振り返った。そこには君がいた。半袖のパーカーとカーゴパンツに身を包んで、重そうな自転車を押している。


「……古木ふるき


 私は君の名前を呼んだ。君は自転車を止めると、私の前に回り込む。


「こんなところで何してんの?」

「暇を潰してるの」

「そうなの? 誰かと遊べばいいじゃん」


 君の言葉に、私の胸はちくりと痛んだ。高校のクラスに中々馴染めなくて、昼休みはいつも一人でお弁当を食べていて、夏休みに遊ぶ相手もいない、なんて君に話したくなかった。


「私のことはいいよ。古木は今日何してたの?」

「ああ、高校の奴らと水族館行ってた! ほら、隣町に新しくできたじゃん?」

「そういえば、そうらしいね」

「そう。めっちゃよかったわ、サメがおっきくてさ! 館内にカフェもあって、その飲み物がすごいお洒落なんだよ。友達が頼んだやつ、めっちゃ綺麗な水色で、写真あったかな……」


 そう言って、君は携帯を取り出す。

 でも私は、ブランコから立ち上がった。それから君に背を向けて、口を開く。


「ごめん、帰るね」

「え? ちょっと待ってよ、多分写真あったから」

「別に私は、見たくないよ」


 私は歩き出す。少しして肩を掴まれて、私は振り向いた。

 君の顔がすぐ近くにあった。真っ直ぐな眼差しだった。日焼けした肌に、汗の粒が浮かんでいた。


「宮園、どうしたんだよ。偶然会えたんだし、もっと話そうよ」

「帰らなくちゃいけないから」

「それなら家まで送ってくよ。日、沈みそうだからさ」


 気付けば私は、君のことを睨み付けていた。

 無性に苛立っていた。どうしてか、自分でもよくわからなかった。感情の理由を掴もうとして、ようやく気付いた。


 小学校の頃は、中学校の頃は、君の隣にいるのは私だった。

 でも今は、違う。高校が別になって、君は新しい人たちと関係を築けているのに、私は、私だけは……取り残されたままだ。


「そういうこと、しないでいいよ。私は、君と話したくないから」


 そう言い残して、私は走り出した。

 君は追いかけてこなかった。それでいい、そう思ったけれど、少しして後悔が押し寄せた。自己嫌悪でいっぱいだった。


「……ごめん」


 呟いた。次に君に会ったときは、それを呟きではなくそうと思った。




 君の墓の前に立っていた。


 夏が終わろうとしている。君はそのことに気付いているのだろうか。死んでしまったら、四季すら感じることができなくなってしまう?


 教えてよ。


 私が君と最後に会った日の翌日、君は交通事故に巻き込まれて亡くなった。私の呟きは、もはや永遠に呟きであることしかできなくなった。


 本当に?


 ……それで良い訳がなかった。


 私は手に持っていた花を、墓に供える。白のカーネーション、花言葉は「私の愛情は生きている」。今から伝える言葉が君に届くかわからないから、もしそのときは、花に託させてほしかった。


 私はゆっくりと、口を開いた。


「ごめん。君と話したくないなんて嘘だった」


 澄んだ空が綺麗だった。


「むしろ私は、寂しくて悲しくて、君とずっと話したかった」


 失われていく暑さが君のようだった。


「君の隣にいることができれば、それだけでよかった」


 うるさい蝉の声も、もうすぐ消えてしまう。


「私を残していなくならないで。ねえ、お願い……戻ってきて」


 溢れてしまう涙で、視界が滲んでしょうがなかった。


「そうしてくれれば、許すから。言い訳なんてしなくても、今なら全部、許すから」


 ああ、結局私は、君に何を伝えたかったのだろう?



「……私のことは許さなくても良いから」



 今目の前に透明な君が存在していると信じて、私は泣きながら精一杯微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それで良い訳がなかった 汐海有真(白木犀) @tea_olive

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ