終章 翁の目に映る光景が蛇足だとしても

 決着から幾月が経っただろうか。

 濃藍こいあいおきな紺碧こんぺきに、紺碧の翁は濃藍に身を包んでいる。

 幾年月も繰り返された、入れ替り。結果を受け入れるだけで感傷はない。

 あの日、絵師は泣いていた。むせび泣き、動かなかった。

 話にならず、ただ結果だけを記させると、「あれを見て何も思わぬのか」と、翁を睨むだけの気概を見せた。

 だが二人の翁は思う。何度繰り返したことかと。それでも我らの道筋は変らず、背を向け殺し合っていると。

 落胆でもあり、諦めでもあり、納得でもあった。


 だからかも知れない。

 今日あの仕合場に呼び出され、お互いの姿を見た時、期待が胸に膨らんだのは。


「感謝はすれど、恨みはございません。ただ、次代の見せしめに」


 対峙したのは十にも満たない数人。先頭に立つ濃藍の装束からは、琴の音のような澄んだ声が響いた。

 その胴には、血に汚れた紺碧の装束がたすきのように結んである。

 後ろに並ぶ数人の紺碧の装束は、腕に濃藍の端切れを巻いていた。その者達は、身じろぐ動作がおかしい。どこか健が切れていたり、欠損している。だが強者であると知れた。

 恐らくあの日散った男が、選抜の際に殺すはずだった相手を生かすためにしたことだろう。どうやって逃がしたかは分からないが、装束を脱ぎ、手が上がらず足を引きずれば、もはや里のものとは思えない。顔など知らないのだから。


 結託したのか!

 翁は震えた。

 眼前の者は、これから我らに刃を突き付ける。この皺がれ刻んだ古来からの道筋に。背を見せず対峙して、時代を慣習ならわしをいいわけにするなと。やっと、その刃を。


 二人の翁は互いを見やり、歓喜した。





 絵師の日常は相変わらず、売れないというものだった。

 ただ、あの日を境に、何人かがたまに足を止め、一枚の絵を買っていく。その度、絵師は同じものを描いた。


 大木に背を預ける美しい女性。その大木の反面には一本の刀が刺さっている。

 あの日の金で染料は青を使い、必ず装束は青で塗っている。絵の具を変えれば金になるという提案にも、「これでいい」と首を横に振った。


 買う人は、その木の反面に自らを描くのかもしれない。

 だが絵師は、その反面に立つ濃藍の男を、その二人の間にたゆたう愛を生涯忘れない。


 絵はこう名付けられている。





『背中合わせを何度でも』





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背中合わせを何度でも つくも せんぺい @tukumo-senpei

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