濃藍 僕はこの想いのいいわけに笑う
「お前、どうして手を抜いた!」
踊り続けた先にたどり着いた結末に、僕は一つも後悔はない。きみの欠けた刃の感触から、君の手の小ささを感じられた。
落ちた頭巾の下から現れたきみは、僕が君の声から夢想していた君よりずっと美しく、下手に想像してしまった自分を叱りたくなって、思わず笑って手を止めてしまった。
「……はは、君があんまり綺麗でさ、驚いてしまったんだ」
偽りなんてない。真実。
いつもなら話す言葉なんて見つからず、お互い無言で過ごしていたのに。
この時間の終わりが来るのは必然で、倒れるのが自分であることも僕は決めていたけれど、僕の意思ではない幕引きは予想していなかった。
胸を張る相手も、胸を張りたい相手も居ないが、僕は誰よりも強かったから。
曲芸にも似た、君との舞う時間。
段々とゆっくりになっていく君に合わせる時間が愛おしかった。疲れてもなおブレない君の腕前が愛おしかった。この大木だけの草原で、激しく足を運ぶと散る草が、まるで花吹雪のようで、いつか遠巻きに見た祝言のようで……恥ずかしかった。
最初に出会った君はもっとぎごちなく、言えないけど、弱かったね。だからもっと早く、今日を迎えるより早く、終わらせようとも思ったんだ。
そう思っていた時、偶然あの木で背中合わせになった時、君の吐息を聞いてから、悔しがる君の声を美しいと思ってからずっと……。
ずっと、君との時間が愛おしかった。
「ねえ、最後にあの木に行きたい」
翁が横槍をさっきまで入れられなかったのは、舞い踊る僕と君が、翁よりも、里の誰よりも強かったからだ。しびれを切らしてしまったのは、僕をよく知らない紺碧の方だろう。
邪魔されたとも思う。けれど、お手柄だとも思った。君の顔が見られない可能性もあったのだから。
この大木の背中合わせは、お互い命のやり取りをしていたことが思い出される。僕は君への手習いくらいのつもりだったけど。疲れ切った君とこうして背を向け合うことが報酬だなと、一人ばれないように、笑っていたんだ。
いたずらに刃先を送り、それを君の刃が払う、金切り音が会話の代わり。
「やっぱりここがいい」
うん。本当に。
「翁よー!」
呼びかける。僕がいなくなった後の事は手は打ってある。咳き込み、体液が抜けていくのが感じられるけど、苦しむなんてもったいないことは出来ない。痛むなら、消せ。せめて笑え。強者として、逆らわせるな。
「我が骸はこの木の元に、敗者なれど聞き届けてはくれぬかー!」
好きにしろという返答に、安堵して体の力が抜ける。
倒れこむと君が顔をまた見せてくれた。「やぁ」と、微笑み声をかける。綺麗だ。
君越しに、君と過ごした木が見える。
「ここで眠るなら、また君に会える」
君ならまた、ここに来てくれるだろう?
「お前、まだそんな事言っているのか」
「そりゃあ今しか言えない。だから、顔をもう一度見せてくれるかい?」
見えにくい。視界が掠れてきたから、もっと近くに。
「動かないで」
僕と君の手が、お互いに触れたことはない。だから先に触れたこの一点では、僕の勝ちだ。
そっと、頬に触れ、指先を沿わせ、引き寄せる。
口づけをしたことなんてない。柔らかさに驚く。緊張で震え、培った訓練で消した痛みが戻るようだ。唇の余韻に浸ろうと痛みを抑えようと意識を向けた時、僕の唇はこじ開けられ、口内に溜まった血が吸われ、うねるように熱い何かが僕の舌を巻き、そして離れた。
「お前の一部は、貰っていく」
君の口に僕の血が紅のように色を引いていた。溢れた分が、口の端から垂れている。
……これは、敵わない。
十分すぎるじゃないか。
もう目を閉じたっていい、僕はそう思った。
――……馬鹿を言うな。
諦めにも似た、納得したはずの別れに、激情が溢れて塗りつぶす。この一瞬だけ、意識が覚醒する。
馬鹿を言うなと。何も告げていないと。何も成せていないと。もっと望むべきだったと。後悔にも怨嗟にも似た感情が溢れ出し、抑えていた一言を絞り出そうと君を見る。
「――――」
君の頬は濡れていた。
僕のこの激情なんて一瞬で消して、穏やかなものに塗り替えてしまうほど、澄んだ君の色。言葉は音にできなかった。
そうだね、伝えたらますます泣かせてしまう。
そう思ってしまった。
君を愛している。
この想いは、僕の想いは、君を泣かしてまで言うことじゃない。
勇気がないことへのいいわけだと、君は笑うだろうか。
君が立ち上がり何かをしているけれど、もう見えなかった。
「待ってくれ……」
君の声がする。ごめん、もう行かなくちゃならない。
大丈夫。僕が死んでも、君は僕が守るから。
「待ってくれ……」
そうだね、僕の方こそ待っている。この木のもとで、君を。
僕を想ってくれることを願って。ここでまた。
言葉なんてなくても、背中合わせを何度でも……。
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