紺碧 私はこの想いのいいわけを知らない

 曲が奏でられるかのように、鳥が鳴き踊るかのように、あなたと刃を交え、足運びを合わせていた。

 だんだん疲れてはきていたけれど、私は今日という最後の幸福を息ができなくなるまで踊るのだ。そう思っていた。


 ばぁの吹き矢の音が聞こえ、余裕を持って避けたつもりが、かすめてしまって頭巾が飛び、あなたに顔が初めて晒される。どうせあなたの手にかかる時は見えるのだからと、構わなかった。

 けれど、あなたは笑って手を止めた。

 一つずれたら終わりだと、あなただって分かっていたのに。


 たくさん合わせて欠けた短刀は、必要以上にあなたを感じさせる。

 そのまま熱く腕を濡らし、その温もりに動揺して刃を抜いてしまった。そこからまた、装束の色が分からないほどに私はあなたで染まる。


 このまま終わってしまう。でも、あなたが終わることはなかった。

 どうして?


「お前、どうして手を抜いた!?」


 私はそう怒っていた。何度もあなたと、そう呼びたかったのに、敵だからと強がって呼べなかった。もう呼べなくなってしまうのに、まだ私は呼べないままだ。


「……はは、君があんまり綺麗でさ、驚いてしまったんだ」


 そう頭巾を外し、口の端から血を滴らせながらあなたは微笑む。

 その瞳は深い夜のように美しく、眉は墨をひいたかのように無駄がない。その声は低いけれど、若竹を叩いたように可愛らしくも聞こえる。

 きっと先にあなたの頭巾が落ちたならば、その血を流したのは私だろう。

 そう思えば、同じだということが嬉しくて怒りは消えていく。現金なものだ。わざと私を一人にしたわけではないと安堵する。


「ねえ、最後にあの木に行きたい」


 あなたの言葉にどうしてか胸が痛むけれど、私は頷いた。

 婆が居る。だから支えることは出来ない。

 ただ初めて、隣で歩いた。

 大木をお互い挟むように背にする。いつも、踊った後こうしていた。最初は本気でお互い命のやり取りをしていたけれど、いつの間にか踊るように刃を合わせるようになっていた。

 疲れ切った後はお互い話さず、木を背にした。その時間が好きだった。


「やっぱり、ここが良い」


 今日はいつもより、あなたの声がする。


「翁よー! 我が骸はこの木の元に、敗者なれど聞き届けてはくれぬかー!」


 あなたはそう叫んだ。好きにしろと、もう一人の翁は言った。咳き込む声、膝をつく音、すぐに倒れ込んだのがわかった。

 あなたの顔を覗くと、その瞳が濁ってきている。


「やぁ」


 と、ふっとまたあなたは笑う。


「ここで眠るなら、また君に会える」

「お前、まだそんな事言っているのか」


 あなたもそう思ってくれているの? そう言いたかった。


「そりゃあ今しか言えない。だから、顔をもう一度見せてくれるかい?」


 上から覗き込むように、私はあなたを見る。瞳が交わると、髪が垂れ下がり、横顔を隠す。


「動かないで」


 そうあなたが言うと、初めて触れられた指が頬をすべり、手のひらが耳元を覆う。そのまま引き寄せられるが、抵抗はしなかった。

 唇が重なる。あなたは少し震えていて、それは出血の寒さではないことはすぐに分かった。

 なぜだか、頬が上がるのを感じる。では、わたしはあなたより上手うわてなんだと、舌を入れた。鉄のような味が広がることに構わず、血をすする。びくりと、あなたが反応するのが分かった。


「お前の一部は、貰っていく」


 ただそれだけ告げた。女だからと身につけた技、あなたが初めてではないことに感傷はないが、鉄の味の口づけはあなただけ。

 驚き、そして何かを告げようとしたあなたは、もう声が出ないことに気づき、少し悔しそうに私を見つめ笑い、瞳の光が消えた。


 いつの間にか、雨が降り始めていた。

 涙は、人を利用する技として教えられたから、いま私の頬を伝うのは涙ではなく、雨なんだろう。


「待ってくれ……」


 雨なら待ってほしい。私の口に残るあなたの味を、しょっぱさで塗りつぶさないでほしい。もう少しだけ、止んでいてほしい。


 私はあなたの短刀を握り、大木のいつもあなたの頭がくるところに深く突き刺した。見ていなくても、ここで間違いはないと確信している。

 反対に回って背中を合わせる。

 何度も過ごした。背中合わせ。


「待ってくれ……」


 雨なら待ってほしい。あなたの味を流さないで。

 でも、もう私は知っていた。頬を伝うのは雨ではないことを。


 あなたに向けるこの想いに、いいわけできる言葉なんて、もう存在しないことを。

 私は刃が覚えたあなたの感触を抱き、口内を涙が満たすに任せた。

 ざぁざぁと音がするのは、どうしてなのか。


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