背中合わせを何度でも

つくも せんぺい

前章 ある絵師は愛を見ることを課せられる

 ……一体何を見せられているのだ。

 絵師はその眼前の光景に、ただ自身の常識を疑う。

 

 隣にはおきなが立っている。両脇に一人ずつ。顔を隠す頭巾を被り、一人は濃藍こいあいの装束、もう一人はそれよりも薄い紺碧こんぺきの装束に身を包んでいた。

 少人数なれど、その類稀たぐいまれなる力で財を築いた一族と聞いている。

 青の染め物が貴重なこのご時世に、一族に青を身に纏わせる力があると暗に言っているのだ。

 勝負の理由は単純だった。宗家と分家の入れ替りの為の仕合しあい

 濃藍が宗家そうけ、紺碧が分家だ。


 絵師は翁から、この勝負に立会い、しかと記録せよと言われていた。日銭暮らしの絵師には垂涎すいぜんの報酬。断る理由はなかった。

 しかしだ。目の前の光景は、常人が判断できるものではない。理由は単純で、動きが速すぎるのだ。

 絵師自身も、その双眸そうぼうにて、見て、観て、描くことを生業なりわいにしている自負があり、目には自信があった。しかし、見えない。


 草原をる足音、たまに鳴く金属音。

 仕合場は、眼前に広がる草原に一本の大木があった。その大木を挟むように、時に青い装束が二人立ち止まる。

 この立合いの場が草原と大木のみとなったのは、このような激しき戦いが連綿と続いてきたからだと言われたら、真実だと絵師は思うだろう。

 なにも見えぬまま時が過ぎ、左右の翁に視線を向けると、翁は微動だにせず前を向いていた。

 恐らく、これが見えないことは想定しているのだと、絵師は安堵した。



 それから数刻、戦いは続いていた。

 絵師の目が慣れてきたのか、二人の動きが見で追える。


 ……一体何を見せられているのだ。

 しかし絵師は見えてもなお、それが分からなかった。


 眼前の光景は戦いではない。曲芸のようにも見えたが、舞。

 という言葉が一番当てはまる。

 手を取り合うように刃を重ね、示し合わせたかのように同じように歩数を刻む。

 濃藍が手投げ針を使ったかと思えば、紺碧がそれを刃で手元に弾き渡し、紺碧が更に戦輪を投げれば、濃藍がその輪に愛おしむ様に指を通し、投げ返す。


 一つ間違えば死。一つずらせばその方の決まり手。

 だか二人は淀みなく、止まらない。


 その目まぐるしくも止まらない双方の攻刃は、武に疎い絵師にも、二人が積み重ねてきた練磨の時を感じさせた。

 同時に気づく。本来なら一介の絵師に見えるわけがない。

 永遠にも見えるこの二人の舞は、遅くなっているのだと。

 それでもなお、最後のその時まで二人は二人の時を過ごしているのだ。

 そう、絵師は悟った。


 自分は愛を見ることを課せられているのか。

 そう悟った。



 終わりはあっけない。

 多くを見て描いた絵師だからこそ、それは腑に落ちた。


「いつまでやっておるのか!」


 日が傾き始めた頃、怒号を飛ばしたのはどちらの翁だったか。その男とも女ともつかない高音を放った頭巾の下から、ひゅっと針と思しき物が飛んだ。

 舞い続ける二人は離れていたが、こちらを見ずにそれを避けたように見えた。ただ、紺碧の頭巾が外れた。

 それで終わりであった。

 紺碧の頭巾のから晒される素顔を見た刹那、濃藍の動きがびくりと止まり、紺碧の短刀をその胸に沈めたのだ。紺碧は美しい女だった。濃藍もまた、美丈夫だった。


「それまでっ」


 翁の興奮した声が響く。不快であった。だが、終わったのだ。物言いやいいわけが入る余地はない。紺碧が勝ち、濃藍は負けたのだ。


「お前、どうして手を抜いた!」

 

 耳にとどく叫びは、琴の音のように澄み、しかし驚きと怒りに満ちていた。紺碧だった。

 絵師はここから、愛を見ることの意味を深く知る。



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