背中合わせを何度でも
つくも せんぺい
前章 ある絵師は愛を見ることを課せられる
……一体何を見せられているのだ。
絵師はその眼前の光景に、ただ自身の常識を疑う。
隣には
少人数なれど、その
青の染め物が貴重なこのご時世に、一族に青を身に纏わせる力があると暗に言っているのだ。
勝負の理由は単純だった。宗家と分家の入れ替りの為の
濃藍が
絵師は翁から、この勝負に立会い、しかと記録せよと言われていた。日銭暮らしの絵師には
しかしだ。目の前の光景は、常人が判断できるものではない。理由は単純で、動きが速すぎるのだ。
絵師自身も、その
草原を
仕合場は、眼前に広がる草原に一本の大木があった。その大木を挟むように、時に青い装束が二人立ち止まる。
この立合いの場が草原と大木のみとなったのは、このような激しき戦いが連綿と続いてきたからだと言われたら、真実だと絵師は思うだろう。
なにも見えぬまま時が過ぎ、左右の翁に視線を向けると、翁は微動だにせず前を向いていた。
恐らく、これが見えないことは想定しているのだと、絵師は安堵した。
◇
それから数刻、戦いは続いていた。
絵師の目が慣れてきたのか、二人の動きが見で追える。
……一体何を見せられているのだ。
しかし絵師は見えてもなお、それが分からなかった。
眼前の光景は戦いではない。曲芸のようにも見えたが、舞。
舞という言葉が一番当てはまる。
手を取り合うように刃を重ね、示し合わせたかのように同じように歩数を刻む。
濃藍が手投げ針を使ったかと思えば、紺碧がそれを刃で手元に弾き渡し、紺碧が更に戦輪を投げれば、濃藍がその輪に愛おしむ様に指を通し、投げ返す。
一つ間違えば死。一つずらせばその方の決まり手。
だか二人は淀みなく、止まらない。
その目まぐるしくも止まらない双方の攻刃は、武に疎い絵師にも、二人が積み重ねてきた練磨の時を感じさせた。
同時に気づく。本来なら一介の絵師に見えるわけがない。
永遠にも見えるこの二人の舞は、遅くなっているのだと。
それでもなお、最後のその時まで二人は二人の時を過ごしているのだ。
そう、絵師は悟った。
自分は愛を見ることを課せられているのか。
そう悟った。
◇
終わりはあっけない。
多くを見て描いた絵師だからこそ、それは腑に落ちた。
「いつまでやっておるのか!」
日が傾き始めた頃、怒号を飛ばしたのはどちらの翁だったか。その男とも女ともつかない高音を放った頭巾の下から、ひゅっと針と思しき物が飛んだ。
舞い続ける二人は離れていたが、こちらを見ずにそれを避けたように見えた。ただ、紺碧の頭巾が外れた。
それで終わりであった。
紺碧の頭巾のから晒される素顔を見た刹那、濃藍の動きがびくりと止まり、紺碧の短刀をその胸に沈めたのだ。紺碧は美しい女だった。濃藍もまた、美丈夫だった。
「それまでっ」
翁の興奮した声が響く。不快であった。だが、終わったのだ。物言いやいいわけが入る余地はない。紺碧が勝ち、濃藍は負けたのだ。
「お前、どうして手を抜いた!」
耳にとどく叫びは、琴の音のように澄み、しかし驚きと怒りに満ちていた。紺碧だった。
絵師はここから、愛を見ることの意味を深く知る。
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