あなたを好きでいて良い訳を

平本りこ

あなたを好きでいて良い訳を

 恋をした。胸の奥が挽き潰されるような恋だ。


 寝ても覚めてもお腹の中が重たくて、まるでごろごろとした石ころを、幾つも幾つも飲み込んだみたいだ。


 私のお腹は有限なのだから、そんな石ころなんて、全部吐き出してしまえば良いのだろう。それなのに、この体は言うことを聞いてくれやしない。手放すどころか、毎日毎日大切に拾い上げてしまうのだ。


 恋をした。彼は一つ年上だ。


 もう二年も憧れ続けた先輩で、私の所属する部の部長を務めている。頼り甲斐があり、大人びていて、誰にでも分け隔てなく優しい。もちろん私にも。


 少しでも先輩の側にいたかった。早朝の練習も、土日返上の特訓も、先輩が笑顔を見せてくれるから、一度も苦にはならなかった。


 私は先輩が好きだ。けれど、先輩が好きなのは別の子だ。


 彼女は先輩の同級生で、小柄で大人しい女の子。先輩は背が高いから、同じように長身の私と並ぶ方が絵になるはずなのに。どうして彼は、彼女のことが好きなのか。


 彼女のことを考え始めてしまえばお腹の石が騒めいて、胸がぎゅっと苦しくなった。


 それでも、言葉は止めどなく溢れてくる。


 彼女は受験勉強が忙しい。教室以外では、ほとんど先輩と会えないらしい。私は始業前と放課後に、毎日先輩と言葉を交わしているというのに。


 彼女は卒業後、東京の大学に行くという。先輩とは遠距離恋愛になる。私なら、ずっと地元で一緒に過ごすことができるのに。


 彼女は内気で、あまり話さない。私なら、たくさんの面白い話を用意して、毎日先輩を楽しませてあげることができるのに。


 私なら。私の方が。それなのに。


 先輩が好きなのは彼女であって、二人は恋人同士なのだ。


 ある放課後。部活が休みの冬の夕べ。初雪が降り、私は凍える手を擦り合わせながら、一人寂しく帰路に着く。


 帰り道、駅で二人を見つけてしまったのは、偶然だった。


 先輩と彼女は白い息を吐きながら、手を繋ぎ身を寄せ合って微笑んでいた。


 先輩は、頼り甲斐があり、大人びていて、誰にでも分け隔てなく優しい。もちろん私にも。


 そのはずでしょう? そうであるべきなのに。目の前の彼は、まるで別人だった。


 柔らかな表情で、甘えるような声をして、彼女にだけの優しさを見せている。私の知らない顔だ。


 お腹の石が、ざわりと揺れた。強く擦れて熱くなり、挽き潰された胸が焼け焦げてしまうかと思った。


 私は何も見なかったことにして改札から引き返し、駅の柱に背中を預け、火傷しそうな胸を押さえつけた。


 忘れたくても、脳裏にこびりついて離れない。幸せそうな、二人の姿。


 認めてしまうしかない。先輩は彼女のことが好きなのだ。二人は相思相愛で……誰よりもお似合いだ。


 先輩の、見たことのない頬の緩み、聞いたことのない鼻にかかった声。そんなもの、無かったことにしてしまいたい。


 それなのに、この体は言うことを聞いてくれやしない。硬くて重い石ころを、一つ一つと大切に拾い上げ、私の中に集めてしまう。胸の奥の石ころは、いくら拒絶をしたところで、どんどんどんどん増えていく。


 私は恋をした。叶うことなどない恋だ。それでも良い。好きでいるくらい、許してほしい。


 だって、もし許されないというのなら、お腹に詰まった石ころたちを、一体どうしてあげたら良いのだろう。


 私は考える。彼を好きでいて良い訳を。


 恋人同士の二人には、これから苦しい遠距離恋愛が待っている。高校生の恋愛なんて、きっとどこかで終わりが来る。それならば。


 先輩への思いを抱えたまま、私はただひたすらに、待っていさえすれば良いはずだ。


 そうやって、私は自分に言い聞かせる。彼を好きでいて良い訳を。




 

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