きららむし7

鳥尾巻

紙魚

 夏休み、三森みつもり君が全然古書店に来なくなった。お祖父ちゃんのお店の常連さんだから、三日に一回は来ていたのに。


 クラスでも浮いてる存在の彼は、時々「蟻の行列追ってて遅刻しました」なんて言うような変な人だから、「変わった生き物を求めてマダガスカル島を探検してました」とか言われても全然不思議じゃない。


「きららむし君来ないねえ」

「きららむし君?」

「本の虫の三森君のことだよ。紙魚しみとも言うけど、きららむしの方が可愛いだろ?」


 お祖父ちゃんの下手くそなウィンクはいつものことだけど、話の通じる彼がいなくて寂しそうに見える。私は別に気にしてる訳じゃないけど、こうも姿が見えないと病気にでもなったのかと心配になる。


 私に変なぬいぐるみ押し付けるし、変な架空生物にたとえるし、虫の話ばっかりするし。でも寝癖だらけの重たげな前髪に隠れた奥二重の目はとても綺麗で、好奇心に溢れている。それに好きなものの話をする時の彼は悪くないなんて思う。

 

 って、なんでこんないいわけみたいなこと考えちゃうんだろう。胸の奥に生まれた小さなシミは、モヤモヤと広がって私の心を侵食する。


 その時、店の正面の引き戸が開いて、扉に取り付けた鈴がチリンと音を立てた。西日が差す入口に浮かんだ見慣れたシルエットに無意識にホッとする。


「いらっしゃい。いま噂してたんだよ」


 三森君は、お祖父ちゃんの言葉も耳に入らない様子で、私に向かって真っ直ぐに歩いてきた。いつもは前髪に隠している額と目元を見せた彼の顔は綺麗で、怖いくらい真剣な眼差しになぜか胸の奥がきゅっと音を立てる。


奈子なこさん」

「は、はい」

「僕は生き物の中では奈子さんが一番好きです。付き合ってください」


 それどういう告白の仕方なの、と思わなくもなかったけど、頷いてしまった私も大概かもしれない。



 あの時のことは笑い話だよね。今も隣で本を読んでいる、愛しい私のきららむし君。

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