第2話 騎士団の誉れ

「伝令! 伝令!」


 王都からほど遠く離れた辺境の地。ここは、アーネスト・R《リカルド》・クリムゾンという名の若き辺境伯が納めるクリムゾン領だ。

 ウィッカーマンとは通常のマナバイクで片道二日弱ほどの距離にあり、他の国との境界線でもあるために辺境ながら要の地だ。その領城の内部が、宵の口に入っているというのに慌ただしくなっている。

 すると城の中からアーネストが出てきて、伝令兵を迎えた。


「血相を変えてどうした? なにかあったのか?」


 優しい声音で話しかけ、近くにいた女中に水を持ってくるように頼んだ。


 整った顔立ちと、手入れの行き届いたブロンドの長髪。中肉中背で、ゆったりとした部屋着の上からでもわかる鍛え抜かれた身体。誠実で実直な性格で、女性のみならず配下や街に住む人々にも慕われている、絵に描いたような理想の領主というのが、彼、アーネストである。


「アーネスト様、ジョシュア様が討たれました……」

「ジョシュアが!?」


 アーネストは落胆した。ジョシュアはアーネストが駆け出しのころから共に歩んできた配下で、彼が最も信頼していた将だったのだ。その証拠に、アーネストはかつて使っていたカレイドスコープを、ジョシュアに託している。


「そうか……。討ったのは何者だ?」

「ワイルドヴァーミリオンです」

「奴か……。忌々しい傭兵風情め……。よく伝えてくれた。彼の葬儀は後日手厚く行おう。君ももう、下がっていいぞ。暖かいものを運ばせるから、それを食べてゆっくり休んでくれ」


 そう言われた伝令兵が一礼して、自室に下がっていく。それを見送って、アーノルドは踵を返した。自室に戻ろうとすると、柱の影から粘着質な声が聞こえてきた。


「おやおや領主様……。いつになく気が立っているようですねぇ」

「旧くからの友を討ち取られたのだ。気が立たないわけがあるまい。ケイネス・カーマイン」


 睨み付けるような視線を送りつつ、アーノルドは柱の影にいた痩身の騎士にそう言った。

 ケイネス・カーマインは、つい一か月前に王都からクリムゾン領に変遷されてきた。噂によれば、どうやら王都でよからぬ研究とやらをやっていたらしく、それが明るみに出て、こちらに飛ばされたらしい。

 双眸は異様に大きく、三白眼で目つきが悪い。鷲鼻と大きな口と相まって、昔語りに出てくる青髭のようだ。肌と鎧は病的に白く、明らかに正常とは言い難い。

 ただし、髪色は深い朱色で、腰のあたりまでは伸ばしているだろう。


「ここは……一つどうでしょう。このケイネス・カーマインが仇討ちに出るというのは」


 そのセリフを聞いたアーノルドが、考えるような仕草を見せる。しばしおいて、彼は刺すような視線を送りつつケイネスへ命じた。


「……良いだろうケイネス・カーマイン。ワイルドヴァーミリオンの討伐を命じる。兵も多少は貸してやろう」

「かしこまりました。では、準備が整い次第、任務を遂行いたします」


 わざとらしくうやうやしい一礼をして、城の影に消えていくケイネス。それを冷たい目をしながら見送ると、アーノルドは短いため息をして自室へ戻っていった。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 そろそろ二十時に差し掛かるころだろうか。ユリウスはイグナイト・シールの整備をしていた。

 まずは剣でいうところのつばにあたる部分を取り外し、本体と柄を分ける。刃にあたる部分はチャンバーとシリンダー、刃本体、魔力増強機関の四つにバラし、一つ一つ整備していく。


義兄にいさん今晩和! あ、整備中?」


 ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、イセリナと大きな鍋を持ったクリスティだった。どうやら余った夕飯をおすそ分けに来たのだろう。


「命を預ける武器だ。整備はしっかりとやっとかないとな。……ビーフシチュー作りすぎたか?」

「んー、というか最初から義兄にいさんにお裾分けするつもりで作ったと言うか……」

「お嬢様、一生懸命作ってらっしゃって……。ちゃんと食べてくださいね?」

「ち、ちょっと、クリス! それは言わないでっていったでしょ!?」


 いつもと変わらぬ平和な会話を聞きつつ、ユリウスはイグナイト・シールの整備を進める。

 と、空気がチリっとする感覚を覚え、彼は叫んだ。


「イセリナ! クリス! 早く家ン中入れ!」


 言われて驚きつつも、二人はユリウスの言う通り、素早く家の中に入った。すると、次の瞬間、家の外にけたたましい風切り音が響き渡った。直後に矢が着弾する音が耳に届き、何かが焦げるような匂いと、窓の外に写り込む赤い光。

 ユリウスは手早くイグナイト・シールを組み直し、扉を開け放つ。


「チっ! どこのどいつだか知らねぇが、夜襲で火計をけしかけてくるなんざいい度胸じゃねぇか……」


 ユリウスの目に飛び込んできたのは、火の手が上がりだしたウィッカーマンだった。すると、再びチリっとする感覚がして、ユリウスは反射的に前方へダッシュした。刹那後、ついさっきまで自分がいたところに火矢が降り注ぐ。

 そこを起点にまた火の手が上がり、自分の家にも少し火が着いた。しかしそれは、クリスティが行使した水属性の魔術で鎮火する。


「イセリナ! 野郎どもに街の消化作業をやれと伝えろ! お前も手伝ってやれ!」


 ユリウスはそういうと、アビスヤードからマナバイクを呼び出してそれに飛び乗り、アクセルを吹かした。


「に、義兄にいさんは? どこに行くの!?」

「こんなことをしてくれた阿呆に『お礼返し』をしに行くのさ!」


 そう叫んだユリウスの眼には、あからさまに怒りの焔が見て取れた。彼はイセリナの制止の声をものともせず、一気にアクセルを吹かして火矢が飛んできた方向へ走っていった。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 背後に赤々とした光を背負うウィッカーマンを見ながら、ユリウスはマナバイクを走らせる。距離にして間もなく四百メートルといったところか。そしてこの距離は、ちょうどロングボウの射程距離にあたる。


「……あった。逃がしゃしねぇぞ!!」


 一気にアクセルを吹かして急接近し、マナバイクごと高く跳躍して敵陣を眼下に捉える。いきなり火矢が飛んできたが、かまうことは無い。むしろ、敵の場所が分かり易くなった。


「覚悟しろよテメェら!!」


 自由落下しつつ、ユリウスはイグナイト・シールから火球を飛ばしまくった。カートリッジは多めに持ってきている。どうせなら派手にやってやろうじゃないか。

 火球の着弾と同時に、彼は地面に到達した。敵兵が何人かマナバイクの下敷きになっているが、そんなことはどうでもいい。

 敵陣のド真ん中に立ちつつ、ユリウスは周囲の敵兵を睨み付け、何者か見極める。建てられたテント。軍旗。そして、敵兵が身に着けているプレートアーマー。ご丁寧にフルフェイスの兜付きだ。そのすべてが夜に紛れる漆黒で、何なら記章になっている百合までもが漆黒なのだ。しかもその百合は、上下逆さに刺繍されている。


「黒の逆さ百合……。王都の『暗部』。ナイトメアリリィか……」


 ナイトメアリリィとは、王都が秘密裏に編成した暗殺騎士団だ。主に自軍内部の清掃と、こう言った夜襲や奇襲などの非人道的な戦闘を主な任務とする。

 ユリウスは過去に何度かナイトメアリリィとの戦闘経験がある。彼曰く、騎士団の誉れが云々言っている表の連中よりも好感は持てる。らしい。

 数にしてざっと五十。正規軍より構成人数は少ないものの、一人一人が近衛騎士程度の実力を持つ猛者揃い。間違いなく、王都最大戦力はこのナイトメアリリィだ。


「で、その暗殺者連中が街を狙うなんざどういう了見なんだ?」

「ユリウス・イグナート。ワイルドヴァーミリオンだな」


 こちらの問いかけを完全に無視し、黒騎士の一人がそう言った。完全に殺意のこもった声色だ。その黒騎士が抜剣すると、他の騎士たちも同様に剣を抜いた。剣身までもが黒いその剣を、人はこう呼ぶ。黒き断罪と。

 黒い切っ先が一堂にこちらに向けられる。だがユリウスに恐怖心などない。不敵な笑いはそのままに、イグナイト・シールを逆手に構え、腰を落とす。


「俺を炙り出しやがったか……。上等ォ! その鎧ごと焼き尽くしてやるぜェ!」


 イグナイト・シールの刃に猛る焔を纏わせ、ユリウスは無数の切っ先へ飛び込んでいった。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 煌々こうこうと燃える焔が軌跡となり、黒騎士の一人を焼き斬る。その隙をついて新たな黒騎士がユリウスに襲い掛かるが、それはごく小さな、しかし破壊力のある火球をてのひらから撃ち出し、足止めして体勢を整えてから踏み込み、素早い斬り上げと斬り下ろしのコンビネーションで沈黙させる。

 これで大体十人目。といったところか。残り四十人。仲間が倒れてもそれには目もくれず、黙したまま斬り込んでくる。人として見るなら非常だが、戦士として見るならこれは一流である。目の前の黒騎士達は、おそらく滅多なことでは狼狽えないだろう。

となれば、真の意味で実力勝負となってくる。お互い小細工は通用しない。


(へっ。上等じゃねぇか!)


ユリウスは胸中で呟いた。こちらも恐怖は感じない。そんな感情は、幼少期に見た騎士の凄惨な行いを目の当たりにした時に焼き切れてしまった。

彼は、イグナイト・シールの刃に触れると、そのまま撫でるように手を滑らせた。すると、刃が紅い光を纏い、それが熱を帯びる。


「イグナイト・オーバーロード……。コイツはちょいとばかし熱くなるぜ。文字通りな。行くぜ!!」


 夜の暗がりに、その紅い軌跡は妙に映えて。紅い光が尾を引き、弧を描くと、

それはまるで獣のように悪夢の黒百合を狩り取っていく。

 一人、また一人。紅い刃と黒い刃が一合、二合する度に火花が散り、ユリウスの顔を照り返す。常に不敵な笑みを浮かべ、戦いを楽しむようなその表情カオは、まさに狂戦士である。

 しかし、ナイトメアリリィの騎士たちも、ただやられているわけではない。ユリウスが狂戦士ならば、こちらは感情を持たない機械のような戦士だ。目は口ほどにものを言うというが、フルフェイスの兜からではそれを確認することはできない。

 故に、攻撃を放つ方向も読み取ることが難しく、完全に剣の軌跡で読むことしかできないのだが、黒い剣身と、夜という時間がそれをさらに難しくしているのだ。

 その認識しにくい斬撃が、群れを成して襲い掛かってくる。四方八方から。

 だが、ユリウスはそれを捌き、躱し、防ぐ。それだけに留まらず、彼は果敢に踏み込み、多少ダメージを受けるのもお構いなしに無理矢理斬撃をねじ込んで、強引に相手の息の根を止めに行く。

 さすがのナイトメアリリィも、そこで初めて戦いを躊躇する動きを見せた。攻め手が止まり、反射的に一瞬後退する。だがまだ、切っ先はユリウスの方を向いていて、逃げ腰になっている騎士は誰一人としていない。

 だが、攻めあぐねていた。中央に立っているユリウスはただ楽に立っているだけなのに。だ。強引に攻め込んできた結果、受けている傷はあるとはいえ、そのどれもが致命傷に至っていない。いや、そうなる前にユリウスが仕留めている、というべきか。

 残りは約十人。戦闘開始時は約五十対単騎だったはずだが、この数十分の戦闘で五分の一である。


「どうした? もう終わりか?」


 言いながら、ユリウスはイグナイト・シールのバレルを展開した。刃が纏っていたマナが、焔の力を内包したままカートリッジに再装填されていく。すると、カートリッジ内に残っていたマナがすべて焔に代わり、火花を伴ってバレルからあふれ出す。

 その焔はまるで、ユリウスの怒りを表しているようだった。


「だったら……そろそろこの戦いも仕舞いにしようぜ!」


 彼はそう叫ぶと、焔を纏って暴れているイグナイト・シールを地面に突き立て、そのままさらにマナを収束させていく。すると、ユリウスの周囲のマナが焔に変換され、彼を囲むように焔の波動が出現した。

 当然焔の波動は灼熱を帯びているため、ナイトメアリリィの騎士たちは近づくことができず、むしろその熱気にてられ、さらに間合いを広げたくらいである。

 結構な間合いが開いたが、ユリウスにそれは全く関係なかった。なぜなら、これから敵が目にするのは、自身と自陣が一度に消滅する様なのだから。


『爆ぜ砕け! プロミネンスッ! ディザスタァァァァァァ!!』


 ガキンッ! と、力強く撃鉄が落ちる音がして……。その場に解放された強大な焔の奔流は、その場を呑み込む魔獣のアギトとなってあたり一面をクレーターに変貌させた。

 さすがに無傷とはいかないが、ユリウスはその爆心地に立っている。イグナイト・シールから空になったカートリッジを排莢し、同時に硝煙がダクトやバレルから吹き出す。今回はいつもより量も多い。しばらくこのままにしておかないと、収納することもままならないだろう。その上で、整備もまた後日改めてやらなければいけないだろう。

 白い煙を上げるイグナイト・シールを横目に、ユリウスは思惑を巡らせる。王都の暗部を動かせるほどの騎士が、このあたりにいただろうか。

 しかし、その思惑は聞こえてきたマナバイクのエンジン音で中断させられる。聞きなれたエンジン音。どうやら野郎どもは街の鎮火を終わらせてくれたらしい。


義兄にいさん! 大丈夫!?」

「ああ! おおむね問題ねぇ! お前らも助かったぜ。とりあえず、街に戻るぞ!」


 イセリナの声にいつも通り威勢よく答え、ユリウスはようやく冷えてきたイグナイト・シールを担いだ。そのままマナバイクを転送して跨ると、安堵の表情を浮かべた仲間たちとともにウィッカーマンへハンドルを切った。


 しかし、ユリウスの表情は険しいままだった。これで済むわけがない。そんな勘が、彼の脳裏をよぎった。


―◇―◆―◇―◆―◇―


「まったく……。これは大損害だな……」


 翌朝。未だ焦げた匂いが充満するウィッカーマンの大通りを、一人の若い男が役人を引き連れて巡回していた。年齢にして、まだ二十代後半といったところか。 

 仕立てのいい浅黄色のロングコートと、役人らしいワイシャツにコートと同色のスラックス。鉄板で強化加工されたレザーブーツ。そして鼻にかけた小さな丸眼鏡といった身なりだ。

 顔立ちが整っており、美青年と言っても過言ではない。が、何というか髪型が少し特殊で、変形したリーゼントといった感じだ。

 彼の名はグスタフ・バルサラ。優秀な魔術師であり、若くしてウィッカーマンの総元締めを担う実力者だ。

 そんな彼が、この事件の重要人に声をかける。どうやら今は、自宅の屋根を修理している途中のようだ。


「ユリウス! 進捗はどうなってる?」

「見てわかんねぇかグスタフ! いまだに雨漏りウェルカム状態だ!」


 トンテンカンと、金槌を打つ音とともにユリウスの声が返ってきた。よく見ると、奧に玄獣郎がいて、本職の大工さながらに手際よく屋根を直している。

 イセリナとクリスティの姿もあって、彼女たちは昼食を作っているようだった。


「んで、俺に何の用だ?」


 屋根から飛び降り、ユリウスはグスタフに問いかけた。グスタフは少々周りを気にするような素振りを見せ、顔を近づけてきて、ごく小さな声で答える。


「……昨晩の件だ。ナイトメアリリィの出所の目星がついた」


 それに表情だけで応じ、ユリウスは玄獣郎に声をかけ、仲間を集めるように指示を出した。御意。と言う彼の返事を聞き届け、ユリウスはグスタフを屋根の直り切っていない家に招き入れた。グスタフも同行していた部下に街の修繕に行くように伝え、彼らを散らす。

 空気を読んだのか、クリスティも一旦家に戻ると言ってその場から去っていった。

それとほぼ入れ違いに、玄獣郎がクロウとハロルドを連れて到着した。二人を抱えた状態で、だが。

 全員がユリウスの自宅に入ったことを確認し、グスタフが口を開いた。


「現在、このウィッカーマンに最も近い自治領を持つ者は、アーネスト・R・クリムゾン辺境伯だ。だが、この街にあの黒百合どもをけしかけてきたのは彼ではない」


 そこまで説明し、グスタフは映写機のようなものを目の前のテーブルに置いた。彼がスイッチを入れると、そこに映し出された人物というのは……


「……ケイネス・カーマイン。一か月前、王都からクリムゾン領に派遣されたいわく付きだ。ほとんど左遷だな。どうやら王都で『よからぬこと』を行っていたのがばれたらしい」


 そこまで言って、グスタフは鋭い目つきでユリウスを見据え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ウィッカーマンの総意として、正式にケイネス・カーマインの討伐をマーセナリー・オーダーズに依頼する。料金は、前払いで十五万。準備金も五万つける。……受けてくれるな?」

「……その金額じゃなかったとしても受けるさ。当然だろ」


 そう答え、ユリウスは依頼を承諾した。交渉成立と同時に、グスタフは携帯端末を操作して入金を行う。


「手段は任せるし、生死も問わない。我々の街に手を出したことを、後悔させてやれ」


 言って、グスタフは家を後にした。そして、ユリウスが声を上げる。


「聞いての通りだ野郎ども。どう料理するか、これから計画を練ろうじゃねぇか」


 彼の表情は、まるで悪魔が笑みを浮かべているような表情になっていた。


 ―◇―◆―◇―◆―◇―


 その頃、クリムゾン領の場内では、珍しくアーネストの怒号が響いていた。


「ケイネス! ケイネス・カーマイン!!」

「おやおやいかがなさいました? 領主様」


 アーネストの剣幕に対して、ケイネスの口調は穏やかだ。姿を見つけたアーネストがケイネスに詰め寄る。


「貴様! 街に火を放ったらしいな!」

「……はて、何のことやら」


 明後日の方向を見ながら、ケイネスはそう答えた。我関せずと言ったところか。

 これ以上の問答は無駄だと感じたのか、アーネストは嘆息した。そのまま踵を返し、背中越しに言い放つ。


「黒百合。ナイトメアリリィが動いたようだな。貴様の指金ではないのか?」

「面白いことを言いますなぁ……。私は昨日部屋にこもりっぱなしでしたから、そんなことはできませんよ。ああ、もう行かなければ。私も忙しい身ですので」


 そう言って、ケイネスはそそくさと自室へと向かっていく。その足音を聴きつつ、アーネストは声を叩きつける。


「ケイネス! 騎士団のほまれ、忘れるなよ?」


 これはある意味半分脅しだった。騎士たるもの、ほまれを失ってしまえば、それはただの悪に成り下がるからだ。騎士が悪に染まっては、だれが大儀を護るというのか。


「……逆に貴方は……そのほまれとやらに呑み込まれぬよう、用心ください」


 明らかに睨み付けるような視線をアーネストに投げつけつつ、ケイネスはゆっくりと部屋に帰っていった。


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幻想浪漫譚 ~マーセナリーズ・プレリュード~ @iwan1985

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