転がる価値
かさごさか
幸も不幸も表裏一体
怪しげなネオン看板が競うように肩を並べる歓楽街。それは地下であっても変わらず、細い階段を降りた先で頭の悪そうな店名がビビットカラーを放っていた。ドアを開けると中は
そもそも、ここに来たのは届け物があっただけで長居する予定など微塵も無かった。報酬を受け取って帰るだけのはずが、何がどのように話が転がって行ったのか、気づけば三下は小さなカゴいっぱいに詰め込まれたメダルを渡され、スロットの前に座らされていた。
とりあえず、このメダルを減らせばいいのだろうか。
三下はあまり自分で考えるということをしない。
あとはひたすらに、メダルを入れてはボタンを押してを繰り返していた時、スロット機から大きな音が鳴った。
周囲の騒音に負けずと鳴り響くファンファーレ。スロットガメを見ると、そこには7が3つ横に並んでいた。
音は止まらず、メダルの排出も止まらず三下はどうすればいいのかわからず、ただその身を硬くさせていた。こんな場所で目立ちたくは無い。丸まった背中に幾つもの視線が刺さっているのも気の所為だと思いたいが、残念ながら事実であった。
どうすればいいのか、わからない。本当にわからない。
三下がじっとりと汗ばむ手でコートの端を握った時、これまた大きな音が会場に響き渡った。スロットから流れ出るファンファーレやメダル同士がぶつかる金属音とは異なる、短く芯の通った音。それが三下が届けに来た一丁の拳銃から発せられたものだと判明するのに、そう時間はかからなかった。拳銃が誰の手によって持ち込まれたのかパニックを起こしている誰もが把握していないだろうが、少なくとも三下はアレは自分が持ってきたものだと思った。
目立つのは嫌だ。巻き込まれるのはもっと嫌だ。
三下は椅子から降りると身を低くし、出入口へと向かった。右往左往している客の間を泳ぐように、とはいかず最終的には四つん這いで店から転がり出た。そして、階段を駆け上がる。先程、床を這って移動している際に何ヶ所か蹴られたのだろう。走る振動が患部を刺激することで痛みが生じる負のループが体内で完成されつつあった。
報酬は貰い損ねたし、体中痛いし、最悪である。こういう時に限ってツイてないことは立て続けに起こるもので。
一時的な避難先として使っていた
空腹も相まって、力の無い足取りで三下は歓楽街を抜け出した。
今が何時かはわからないが、歓楽街の外は静まり返っており野良猫すら見当たらない。兎にも角にも腰を下ろして休める場所、できればご飯も出てきそうな場所を探して川沿いを歩いていく。
ゴミ捨て場を漁る老婆の後ろを通り過ぎ、三下は木造アパートのドアの前でしゃがみ込んだ。もう動けない。
痛みと空腹と、疲労感からくる眠気で三下は額と膝をくっつけたまま、細く長く息を吐いた。
しばらく、その体勢でいると足音が近づいてきた。おそらく、この部屋の持ち主だろう。三下はそれを頼りにしてきたのだから。
顔を上げると予想通り、知り合いであった。
「
そう呼ばれた彼は、見知らぬ誰かを抱えたまま三下を見て首を傾げた。
「…どうした?」
祥事が発したのは純粋に三下を心配した言葉であった。それに対して三下は腹の底から声を出す。
「…めっちゃ最悪!」
気遣いへの返答としては、この上なく不相応であったが祥事は特に気分を害した訳でも無く、「そっかぁ」と言いながら鍵を取り出した。
結局、7が3つ横並びになったことでメダルが増えた以外に今回、三下が得た報酬は無かった。その増えたメダルも店に置き去りにしてしまったので、今日も三下は無一文であった。
転がる価値 かさごさか @kasago210
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