ブルーからピンクへ

荒矢田妄

ブルーからピンクへ

 同じクラスの名波七瀬ななみななせのことが、ぼくは嫌いだった。


 口うるさいし何かと突っかかってくるし、超めんどくさい。

 何が気に食わないって、名波はぼくにだけ妙に態度が悪いのだ。ほかの友達に対してはぼくに対してほどきついことは言わないし、先生の前では猫をかぶってやがるんだ。


 まあ、それも来月までだ。小三になれば二年に一度のクラス替えがある。

 名波と離れられるかもしれない。そう思うだけでぼくは少しだけ気が楽になった。




 最悪だ。また同じクラスだなんて。


 四年生になると名波はますます生意気になった。このまえなんて、ぼくがマラソンでずっこけたところを延々笑いやがったのだ。


 むかついたので、僕はあいつが大事にしていたキーホルダーをひったくって、校庭の木の上に放り投げてやった。あいつは半泣きになっていた。いい気味だ。

 だれに怒られようが構わないと思ってたけど、あいつはなぜか先生には言いつけなかった。ただ机につっぷして泣いてただけだ。


 なんでか知らないけれど、ぼくはとってもムカムカしてきた。普通に先生にチクられたほうがまだよかった。


 ぼくはお母さんにお願いして、おこづかいを前借りした。そして、新しいねこのキーホルダーを買って名波に渡してやった。


 だけど名波は「これ、かわいくないんだけど」なんて言いやがった。ふざけんな。僕はこれのせいで三か月もすっからかんで過ごさなきゃいけないんだぞ。


 でも次の日から名波はランドセルにぼくがあげたキーホルダーをつけてきていた。ぼくはまったく意味がわからなかった。


 ただ言えることは、あいつのせいで散々だってことだ。




 高学年になっても名波とは同じクラスになってしまった。これで小学校卒業までは一緒だ。僕は何かバチが当たるようなことをしてしまったのかもしれない。


 名波は生意気にも最近身長が伸びた。僕よりも頭いっこぶんくらいは高い。「チビ!」と見下ろされるのが、僕は気に食わなかった。


 背が高くなったのをいいことに、あいつはバスケを習い始めた。体育でボロボロにされたのがめちゃくちゃムカついたので、僕もバスケを始めた。


 名波はそんな僕を見て面白そうに笑っていた。バカにしやがって。あいつにだけは負けたくない。




 中学に上がってもなぜか俺と名波は同じクラスになった。知らないところで俺は誰かから相当な恨みを買ってしまっていたのだろうか。呪いとでも考えなきゃ、この状況が説明できない。


 俺は順当にバスケ部に入ったが、名波はあっさりとバスケを辞めてしまった。あいつに勝つために始めたのに、目標を失ってしまった。勝ち逃げするなんて卑怯すぎる。


 名波にそう文句を言うと、あいつはあっさりと「だって女バスがないんだもん」と答えた。


 ……確かにその通りだった。


 次の日、名波はマネージャーとしてバスケ部に入部した。俺の方を見てニヤニヤ笑っていた。どこまで俺をバカにすれば気が済むんだあいつは。




 不幸は続き、中二でも俺と名波はクラスメイトになった。この学校は中三でクラス替えがないので、またまた卒業までこいつと一緒だ。


 だけど、俺は隣のクラスの相原に夢中だったので、名波のことなんてどうでもよかった。今でも顔を合わせると小馬鹿にしたようなことを言ってくるけど、そんなのに構ってる暇はないんだ。


 中三の夏。俺は相原に告白した。そしたらなんと、俺は名波と付き合っていると思われていたらしい。そしてフラれた。

 ふざけんな。なんで俺があいつと付き合わなきゃいけないんだ。あいつのせいでフラれたようなもんだ。クソムカつく。


 最悪の気分の時にあいつがまた俺をからかいに来たので、思っていたことをぶちまけてやった。あいつは泣きながら「ごめん」と言った。てっきり反撃が来ると思ってた。俺はもっと最悪な気持ちになった。なんでお前が謝るんだよ。




 俺は高校受験に失敗した。第一志望にしていた私立に落ち、平凡な公立へと進学した。

 どんよりとした気持ちでクラス名簿の掲示を見て腰を抜かした。名波七瀬という名前があった。


 あれ以来なんとなく話しづらくなって、俺は名波とほとんど口をきいていなかった。当然あいつがどこに進学するのかも知らなかったのだ。


 最悪だ。こうなってしまってはもう逃げられないじゃないか。


 久しぶりに名波の顔をまともに見て、俺は罪悪感でいっぱいになった。俺は照れ隠しのジュースを差し出しながら名波に謝った。

 名波は少しだけ目を丸くして「そんなことずっと引きずってたん?」と言った。気にしてたのは俺だけだったのかよ。クソ、誤り損だ。


 ふてくされてそっぽを向くと、何が面白いのか名波は笑いながら俺の肩をバシバシと叩いてきやがった。昔はもっと痛かった気がするけど、久しぶりに受けるとそうでもない。


 俺は名波よりも頭一つ分くらい身長が高くなっていた。

 



 進級した二年のクラスには、お決まりのように名波がいた。俺はもうため息も出なかった。


 最近あいつはよく男子に告られているらしい。あんなやつのどこがいいんだか。

 だけど聞くところによると、あいつは受ける告白を全て断っているそうだ。贅沢なやつだ。


 バスケ部同期の橋本も名波に告った。名波は「好きな人がいる」と言って断ったらしい。本当なのだろうか。断るための適当な嘘なんじゃないだろうか。第一、あいつは今まで一度もそんなことは――。


 待て、なんで俺はあいつの恋愛模様ばかり考えてるんだ。あいつが誰と付き合おうが知っちゃこっちゃないだろ。

 クソ、もやもやする。この気分はなんだ。気持ち悪い。


 ふと名波の席を見た。脇に下がっているカバンに、古くてダサい猫のキーホルダーが付いていることに、俺は初めて気が付いた。




 高校三年生になった。相変わらず俺は名波と同じクラスだった。小学生から換算して七回もクラス替えがあったのに七回とも同じだなんて。アンラッキーもここまで続くと奇跡だ。


 受験と言う二文字がそこかしこで踊っている。将来のことなんて考えたくもなかったが、大人がそれを許してくれない。それに、周りの連中も意外としっかり進学先とか勉強したいことを考えていて驚いた。俺はまだ何も決めてないのに。

 わずかな望みをかけて名波に聞いてみたら、なんとあいつも進路を決めていた。東京にある大学を目指すらしい。


 そして驚くべきことに、それを聞いた瞬間に俺の希望進路も決まってしまったのだ。俺はなによりもそのことにびっくりした。


 お前は? と聞かれたので、思わず「俺も東京へ行く!」と宣言してしまった。名波はニヤニヤしながらへぇーと笑っていた。また俺を小馬鹿にしやがって。


 でも俺はなぜかいつもの文句を言えなかった。名波にぶつけていい言葉が、急に出てこなくなったのだ。なんでだ。今の今まで普通に話せてたのに。


 だけど、俺は知ってもいた。名波のあのニヤニヤ笑い。あれはあいつが嬉しい時に出る笑いだ。 


 だから文句を言えなかった。胸の中にグッと抑え込んだ。


 どこまでも、名波七瀬はむかつくやつだ。

 

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ブルーからピンクへ 荒矢田妄 @arayadamou

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