今宵も誤魔化す腹と暇
藤咲 沙久
ジジ抜き
先に言っておくが、ぼくは野球が好きなわけではない。
一八八五年九月、野球チーム「シカゴ・ホワイトストッキングス」が優勝した。平凡なフライが幸運にも風に流され、ホームランになったことが大きな決め手であった。それが七回だったことで勝利投手が言ったそうだ、これは「lucky seventh」だ、と。幸運を呼ぶ数字、ラッキーセブンという言い回しが定着したとされるエピソードだ。
七回頃というとピッチャーは投げ疲れ、バッターは打ち慣れ、
「まったくもって偏った見方だ。けしからんくらいだ」
ラッキーセブンの由来を初めて耳にした際、ぼくは腕を組んでそう言った。これを“ラッキー”と捉えられるのはあくまでホワイトストッキングスであり、相手チームからしたらとんだ“アンラッキー”ではないか。もはやアンラッキーセブンなのだ。
得をした人がいれば損をした人がいる。勝った人がいれば負けた人がいる。物事はすべてそのように出来ている。そもそも、ラッキーは確実に起こるわけでないからこそのラッキーである。だというのに、七という数字に皆踊らされ過ぎてはいないだろうか。ぼくはそのように思うわけだ。
すると、それまで黙っていた
「やれやれ、やっと演説が終わったか。
ぼくの手札から一枚引き抜くのと同時に、平川君が呆れた声音で言った。そのままヒュウと口笛を吹いて場に二枚捨てる。
「谷川俊太郎の
「どうせならこの勝負に負けてくれたまえ」
「それは無理な相談だ……ああ、揃った揃った」
平川君から引いたカードと、手持ちのカードを併せて捨てる。二人でババ抜きは面白味がないが、我々が興じているのはジジ抜きだった。要は、どの数字がジョーカーの役割なのか終わるまでわからない。また平川君が場を嵩増しさせた。
「話は戻るがね。きみ、そう七を目の敵みたいにしてやるなよ。七つになったら神様の子供でなくなるし、童謡『七つの子』では七の意味を巡って論争すら起きた。七だって色々背負っているのさ」
「しかしね、まるでいいことしか起こってないかのように言うあの言葉はどうにも、ぼくは好かないよ」
二人しかいないのですぐに順番が回ってくる。ほらお前の番だよと催促してやった。平川君は分厚い眼鏡を押し上げ、さして悩む様子も見せずぼくのカードに触れた。
「どうだい園部君。このゲームもちょうど七回目じゃないか。七に縁のある話をしたところだ、勝敗に今夜の飲み代を賭けてみないか」
「馬鹿言え。その飲み代がないから、男二人でトランプ遊びなんぞして、暇と空腹を誤魔化しているんだぞ」
「なに、明日明後日の食費を削れば一晩くらい」
悪戯っぽく笑う平川君は、これだから金が貯まらない。かくいうぼくは屁理屈癖で仕事が続かず金が貯まらない。なんて二人だ。そして人の金で飲めるかもしれぬという目先の欲に勝てず、ぼくは賭けを承諾してしまった。
そこからはちょいと真剣になって、ぐんぐんと展開が早くなる。あっという間に二枚ずつまで減った。あとは平川君がどのカードを引くかですべてが決まるのだ。えも言えぬ緊張感が互いを包み込んだ。そろりと右側──平川君から見れば左側──が抜き出される。
ぼくの手元に残ったのは……スペードの七、一枚だ。そして平川君は悠然と両の掌をぼくに見せつけてきた。もう何も持っていない、というアピールだった。
「残ったのが七だって? こいつは傑作だ。きみにとって、とんだアンラッキーセブンになったじゃないか!」
なんてことだ。
「園部君の言葉を借りるなら、敗者がいれば勝者がいる。アンラッキーの裏にはラッキーがある。いやあ、不幸なきみのお陰で今夜はうまい酒が飲めそうだ」
「……七という数字に踊らされ過ぎてはいないだろうか!」
「なんとでも吠えたまえ。今回のジジが七だった事実には、どんな屁理屈も勝てまいよ」
顔を真っ赤にして怒るぼくの背を「さあ
ぼくを嘲笑うように、ボーンボーンとゆっくり、七時の鐘が鳴り響いたのだった。
今宵も誤魔化す腹と暇 藤咲 沙久 @saku_fujisaki
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