七番目の少女

右中桂示

少女と青年

 ラッキーセブン。

 そう呼ばれる少女がいる。


 理由は、六人の死者を出した人体実験が七人目でようやく成功したからだ。

 本来なら数十人も使い捨てるつもりだった成功率が低い実験が、たったの七回目で成功したからだ。

 神に背く禁忌の呪法の実験が、何事もなく順調に続いているからだ。


 悪趣味に過ぎる。

 実験時以外の世話係を命じられた兵士の青年は、やりきれない気持ちで話しかける。


「なあ、話せるかい」


 少女は答えない。

 虚ろな目。死人のような目。部屋の隅で、ただじっと膝を抱えて座っている。

 投薬と呪法が、彼女の精神を蝕んだ結果だ。

 他にも尋常でない苦しみを味わわされているのを知っている。


 こんなの、死んだ方がマシな不運じゃないのか。

 青年はそう言いたくなるのを飲み込む。

 生きている、それは確かに幸運な事なのだ。


「……悪いな」


 この実験は国の、王の命令。逆らえば極刑だ。

 実験は戦争に活用する為。勝利の切り札になる事が期待されている。

 誰も止める気がない。一介の兵士には止められない。


「せめて、少しは笑えるようにしてやるから」


 少女の反応はない。

 それでも青年は何日も話しかけ続ける。


 少女は答えない。

 それでも、わずかな変化はあった。俯いていた顔が前に向いている。


 少女は笑わない。

 虚ろな目に希望は映らない。

 それでもこの情けがいずれ形になると、青年は信じていた。





 だが、しかし。


「君はやはりラッキーセブン、幸運の持ち主だ。実践経験の人材を調達する手間が省けた」


 実験の責任者が喜びを露に言う。


 その前では、青年が枷を嵌められて転がされていた。

 少女を逃がそうと画策していたのが露見し、捕われて生贄にされようとしていた。兵器としての運用が可能か確認する為の生贄に。


 少女は虚ろな目で青年を見ている。無表情で、これまでと変わらない様子で。

 責任者がもう一度促すと、やっと動く。


 右腕を横に伸ばせば、ボコボコと盛り上がり歪に膨張した。鋭い爪が剣のように伸びる。

 異形の腕。少女の全身に迫る程の肥大化。

 それが実験の成果だ。魔獣の血肉と融合した生体兵器。禁忌を破った姿である。


 少女はゆっくりと青年の方へ進む。

 彼は抵抗せず自嘲げに笑みを浮かべた。

 目が合う。虚ろな目と、申し訳無さそうな目が。

 片方は無感情。事態を理解しているかも怪しい。

 片方は無念。己でなく少女を救えなかった事を悔いるよう。

 そんな青年を見ても、少女に躊躇いは見られない。

 周囲は経験を積み、兵器として完成する事を期待、確信していた。


 しかし。


 少女は突然振り返って、背後の責任者達を薙いだ。

 続けて壁や床、施設自体を破壊していく。

 術師や兵士が即座に応戦。

 それも異形の力で尽くを返り討ち。

 破壊。暴虐。

 無言で淡々と腕を振るう少女の代わりに、青年が叫ぶ。


「そうだ、こんなもの、幸運なんかじゃないんだ!」


 少女は兵器らしく振る舞った。

 研究施設を破壊し尽くそうとしているかのように、容赦なく力を使う。

 止められる者はいなかった。少女の前方には。


「でも、止めるんだ。それは君に似合わない」


 青年が、背後から異形の腕に抱き着いて制止を試みる。

 二人、目が合った。

 虚ろな目と、強い思いの宿る目が。

 しばし見つめあうと、やがて少女は小さく頷いた。


 破壊が止み、静かになった施設で、元の姿に戻った少女を、青年が優しく包んだ。






 青年と少女が眩い太陽の下を歩いていた。

 手を繋いで、親子か兄妹のように。


「名前、考えないとな」


 もう実験体ラッキーセブンなんかじゃないんだから。


 青年が言うも、少女は黙って首を傾げる。話が通じているのかも怪しかった。

 あの大暴れも、真意は未だに分からない。

 まあゆっくり取り戻していけばいい、と青年は笑う。


 そうして二人は前に進んでいくのだ。

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七番目の少女 右中桂示 @miginaka

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