神は静観し悲劇を求める

「やってらんねぇな………。」

天井を見つめてはや2時間、シミの数まで覚えてしまった。

普段なら30分もかからない作業なのだ愚痴の一つも吐きたくなる。

「そういうな、付き合わされている私の身にもなれ。」

声しか聞こえないが大佐がそこにいるらしい。

この戦場で1、2を争う鬼教官であり俺の命の恩人だ。

こんな状況でなければ背後から蹴り上げられていてもおかしくはない。

この女は背も大して大きくないくせに威勢だけは人一倍強く、そして狂暴だ。甘噛みが過ぎる子猫のような女だ。

だがこの義体化部隊の中で大佐として君臨するだけの技術とセンスを兼ね備えた人、この人がいなければ俺もここの奴らも半分は死んでただろう。

ただそんなこととは裏腹に低身長でガキ見たいな声から裏ではガキ大将なんて呼ばれているが本人は知る由もない。

このことがバレたら全員が死よりも恐ろしい最前線任務へと駆り出されるだろう。

………そういえば女風呂覗こうとしたバカが前線に連れていかれてたが無事だろうか、生きてたら明後日には帰ってこれるはずだが大佐が任務期間延長がどうとかって書類を抱えてた気がする。

………これ以上は考えないでおくか。

「大佐、いつからいたんですか?小さくて見えませんでした。」

「最初からここにいるんだがな……。貴様の頭にもう一つ穴をあけ  

れば周りがもっとよく見えるのではないか?」

「風穴開けれるほど大佐の胸は大きくないでしょうが。」

「そうか、そんなにあけられたいか…。ついてるな手元にドリルが 

あるぞ?」

「大佐、俺が悪かったからそれはしまってください。」

かすかに舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだろう。

この女に冗談は通じない事を忘れていた。

いつもならこの辺りで拳の一つでも飛んでくるが少しは責任を感じているのだろうか?

「まあ、おふたりともそう言わずに……。はい、これで義手の

換装作業は終了です。お疲れ様でした。」

そういいながら俺の固定バンドを解いてくれたのは義体整備士のライナだ。

本名は誰も知らないが悪い奴じゃない。

こいつのおかげで助けられた奴らがこの基地には腐るほどいる。

腕もさることながら義体に対しての知識が非常に高い、人体の構造の様に複雑な義体 の細部までこと細かく理解している。

誰もが喉から手が出る欲しいほど欲しい知識なのだろう、1日に一回はどこぞの学者が知識を求め押しかけている。

だが事々追い返されている所を見るにさすが職人というべきだろう、たまに顔がはれている奴が出てくることもあるあたり見た目に騙され無理やりにでも吐かせようとしたのだろうがさすがライナだ。返り討ちにさらに半殺しにしたらしい。

……俺も気を付けないとなぁ。

なんて思いながら換装した腕の調子を確認する、義体になってから不必要な動作だがこれも生身の時に癖なのだろう。

「やっとかぁ、……なぁ、すでに動きに違和感があるんだが?」

換装した腕がもう軋んでいる、本来なら軋み一つないほど調整されているはずだ。このままなら早ければ今日には壊れてしまうだろう。

最近は世界的に物資が枯渇している影響で仕方ないのだろうがこれで壊れて俺の責任にされても困る。

「そういうな、これでも高性能モデルなんだぞ?」

「そうですよ、今回は壊さないでくださいね!」

んな無茶な。

これで高性能ならほかは一体どのような状態なのだろうか。

考えたくもないところだ。

納得はできないがこれ以上の言葉は無意味だ、嘆けばわいてくるものでもない。

ここはひとつ飲み込むとしよう。

近くにかけてあった自分用の上着を奪い取るようにつかみ、動きの鈍い左手に袖を通す。

やはりしっくりとはいかないらしい、すでに腕の感覚が鈍い。

「わかったよ…。あ、でも予備の義手は用意しててくださいね」

「…すでに壊す前提なのですね。」

……壊すんじゃない、壊れるんだ。

変な語弊を生む言い方はやめてくれ。

緊急時に頼りにならない腕を使わなければならない俺の身にもなってほしい所だ。

こんな腕では一週間と持たないと大佐は気が付いているのだろう、視線を向けると静かに逸らした。

こういうのはあんたの仕事だろ。

「ま、まあ、それまでには君の腕の修理は完了しているはずだ。」

「それまで休みならなにも心配いらないんですけどね…」

どうせ明日には簡単な護衛任務に駆り出されるのがいつものパターンだ。

それを踏まえての冗談だったんだが……。大佐がすごい顔をして  

こちらを睨んでいる。

どうやら俺は言葉のチョイスを間違えたらしい。

言葉に気を付けないと明日からどこかもわからない国の最前線を泥だらけで這うことになるだろう。

「……問題なさそうなら明日から最前線の任務に就いてもらうが?」

 我ながらここまで正確に読みが当たるとは…。

「勘弁してください、冗談ですよ。」

「遠慮するな!実は隊員の一人が義体不全を起こしてしまってな。

 ちょうど代わりを探していたんだ、いやぁ見つかって本当に良か 

った!」

 最前線かぁ…、こんな体で行ったら骨も残らないだろう…。

 ここは何としてでも話を逸らさねば…。

「そ、そういえば最近見ない顔が増えましたが何が始まるんで?」

「……キサマ、まだ次の指令に目を通していないのか?」

さっそく地雷を踏みぬいたらしいが全く心当たりがない。

無意識に上着のポケットにでもしまったのか?

軽く探してはみるがそんなものが入っているわけもない。

「指令なんてもらってませんが…?」

指令は直接手渡しするのがここのルールだ。

これは指令が隊員個人に直接出ることと外部への漏洩を防ぐことの2点の関係での配慮だ。

たまに渡す相手を間違える奴がいるらしいが……、どうしてそんな奴を雇っているのだろうか。

だがよく考えると今日は朝から整備室に缶詰にされていたのだ。受け取っているわけがない。

「今日の朝には渡してもらう予定だったが……。」

「俺、朝からここにいますけど…。」

「すいません、ここに榊原さんはいますか!?」

そう言いながら飛び込んできたのは情報部の……。

待って本当に誰?

情報部の制服に身を包んだ少女がそこに立っていた。

「俺ですけど。……誰ですか?」

「も、申し遅れました!私は情報部所属、大山です。

榊原さんに指令をお持ちしました。」

息も絶え絶えな様子で自己紹介をしてくれたが…。

今にも倒れそうだ。

それにしても随分と慌ただしい奴だな。

「大佐、さっき言ってたのって。」

「あぁ、これのことだ。」

……この人悪びれる様子すらないんだな。

いやまぁ逆に清々しいけど。

俺の視線に気が付いたのか何事もなかったかの様にライナが入れたコーヒーを口に運ぶ、気が付けば手にはドーナツまで持っていた。

……そのドーナツはどこから出てきた!

この人はたまにどこからともなくドーナツを出すときがある、だがどこから出しているのかさっぱりわからない。

………それにしても本当に清々しいぐらいになかったことにしたな。

そんなことを思っていると俺の態度が気に食わないのか俺の目の前まで歩いてきていた。

「榊原さんが宿舎に見当たらず探していたんです。

こちらがその指令書です!」

そう言いながら指令書を内ポケットから取り出した。

 ……いや、そのカバンは何のためなんだ?

情報部の人間は大きな黒いカバンを肩から掛けている。

そのカバンの中に何らかの書類や今回のような指令書をしまっていることが多い。

ふつうはカバンから取り出してるところしか見ないんだが…。

どうやら今回は毛色が違うらしい。

「…おう。」

 普段とは色の違う封筒だ。

 中身は……、召集命令のようだ。

 ただ…、これはただの召集命令ではないらしい。

「これは何の冗談ですか?」

「見ればわかるだろ、召集命令だ。」

「移動先から詳細まで一切が不明ってろくな指令じゃないでしょ。」

「確かにろくな指令ではないな、だが誰かがやらなねばならない。」

「その誰かが俺ってことですか。」

「そうだ、詳細は追って連絡する。今は腕の調整に専念したまえ。」

「………わかりましたよ。」

大佐がこの場で詳細を伏せたということは情報部でも限られた人間しか知らないということだ。

今回の指令は相当危険な内容の様だ。

この手の指令は内容はおろか何をすればいいのかも後日届く再配属指令書に

記された現地に行くまで明かされない。

以前の召集指令は三日三晩最前線を這いまわった挙句、回収したのはよくわからない論文と義体のサンプルだった。

これを手に入れるためだけに俺の部隊は壊滅、そして俺自身も重傷を負った。

その分、特別報酬が出たが……それでもわりに合わない。

二度とあんなことはごめんだ。

そう、二度と…。

俺は天を仰ぐように左手の義手を伸ばした。

義手は所々錆付き軋んでいる。

無意識に手に力が入り、より一層義手は大きく軋んだ。

「この世界に神様がいるなら鬼畜生だな。」

ついこぼれた言葉は静寂の中に消えていった。

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ファントム そして神々は嘲笑う くまきち @kumakiti1123

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