ぜいたく品の私より
豆原カロ
ぜいたく品の私より
あなたがこの記録にアクセスしているということは、私はもう実家に帰っているのでしょう。
あなたは誰でしょうか? ちゃんと、私がこのメッセージを伝えたかったあなたでしょうか。でも、あなたの番号は呼ばずにおきます。
覚えていないわけではないのよ? ただ迷惑になるかもしれないと思っただけ。
ええ、でも私、あなたの番号を覚えるのに時間がかかったから、あなた嫌な思いをしたかしら。
なぐさめになるかわからないけど、あなただけじゃないの。誰の番号も覚えるのにも時間がかかったから。
やっぱり名前がないって不便だと思うわ。必要ないっていうけれど、私たちみたいにあった方が便利じゃない? 私たちだって番号は振られているんだから、あなたたちにも名前があっていいじゃない。
けれど私だって、生まれた時からそうやって暮らしていたら、一度聞いただけで番号を覚えられたのかしら。あなたたちみたいに。
それとも頭の仕組み自体が違うのかしら? 番号を覚えるのに適した遺伝子を組み込んでいるのかな。
同じ人間なのに、やっぱり違う生き物なのね。
華恋はそれがわかって死んだのかしら。それともわからないから死んだのかしら。
あなたたちは華恋の自殺理由がわかる?
劣等感? そうかもしれないわね。
少し昔話をしようかしら。
華恋と私は小学校、……小学校って知っているかしら、こっちでいうと何になるのかな、いいわ、知らなかったら調べて。とにかく子どもの頃に知り合って、それからずっと親友だったの。
親友、も、あなたたちにはないのかしら。
華恋はクラスで、学年でずっと一番成績が良かったし、自然区画内でだってトップクラスだったのよ。それに魅力的だったから、色んな子の初恋だった。
もちろんご両親にもすごく愛されていた。自然区画を出るのだって、もちろん心配はされたけど、本人の意思を尊重して送り出してくれたわ。
……結果的には、そうしなかったら良かったのにね。
ご両親の悲しみようをあなたも見たでしょう? あの人に対する怒りようも。
司法って冷たいのね。それが正しいってことでしょうけど。華恋の推定生涯生産量は、あの人の推定生涯生産量に遠く及ばない。それを証明しておしまい。
そうね、残酷だけど、認めたくないけれど、こっちに来てわかった。あなたたちの方がずっと優秀だって。
母がおなかを痛めて産んでくれた私たち。愛されて育ってきた私たち。けれど、愛は優秀さを担保してくれなかったのね。
理屈の上では当然よね。なんにもいじらずに生まれてきた私たちより、遺伝子を作る段階から社会に役立つよう設計されて、作られて、教育されてきたあなたたちの方が、社会の役に立つに決まっている。
わざわざ男女で子どもを持つなんて、ただのぜいたく。そうね、そう言われるわよね。
実際とてもお金がかかるのも本当よ。両親が生涯担保金を払わなければ、私たちは生まれてくることさえできない。
だけどそれって、愛の証明なの。
愛、そう、愛なの。華恋が死んだ本当の理由。
華恋はあの人のことが好きだった。恋をしていた。けれどあの人には、あなたたちには、恋というものがなかった。
みじめなのは華恋だけ。苦しんだのも華恋だけ。だから死ぬしかなかった。
愛していたから。
華恋が死んで、父と母が私を呼び戻したのは言うまでもないけれど。私自身も、ここが私の居場所じゃないってはっきりわかった。
嫌いになったわけじゃないわ。今でもあなたのことは好き。
ただ、ここでは私は生きられない。だから帰るの。
さようなら、お元気で。
ぜいたく品の私より 豆原カロ @mamebara-karo
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