6 ああ無情 前編

 神様あああ!おおおおいいいいい!戻ってこいよおお!

お願ーーい、しまーーす。しますよー!


と、叫んだ・・・・・・・はずだった。


 う、え?

あれ声が、声が出ない?!


 なんで?


あー、うー、いー。なんも声が出ない!


俺さ、さっきまで神様と話してたよね?どうなってるの?あれはなに?


 混乱する俺をよそに周囲の時間は動き出していた。誰かの視線が、存在感が、僅かに流れる空気が、雑音が一斉に感じられる。


 そうか、もう始まってんだ。声が出ないとか支援がないとか関係なく。


 今わかっている事は成功の条件。’王の威厳を放て’が視界の中に目立つようにいまだに映っている。ど真ん中じゃなくて上のほうに表示されるのは、ささやかな配慮だろうか。きっとこの天啓が終わるまで延々と表示される仕様なんだろうな。うざったい。


 その目障りな文字を意識する度に、神様が言った成否の事が頭を過る。


 成功は最低保証に近い。なんせ失敗したら死ぬことは確定なのに、成功したら何を貰えるかわからないのだから。特に、俺はまだ死にたくない!当たり前だ!


 兎に角、成功一択な事は確定だ。そのために・・・・なにすりゃいいの?情報を整理した。俺なりに。


 そもそも王の威厳って何よ?それ放て?どうやって?

 偉そうな振る舞いをするのか?

 市民に施しでもする?何を?それ威厳なの?

 でも敵を討てって神様言ってたけど?

 敵ってなんだろう?


 うむむむむ、よーわからん!・・・・・・けれども、俺の命が懸かっている。しかも神様がクライアントだ。反抗も苦情も入れられない。と、思う。けども、機会があったら言いたい。



 ・・・・・・・得体のしれないプレッシャーが重く圧し掛かる。

 どうする?どうする?唸り声すら上げられないのに。


 一人悶々としていると、張りのある大きな声が響き渡った。


「王よ!我が王よ!王国騎士団長マクフィが申し上げる。勇者を名乗る逆賊がこちらに向かって居るとの事。討伐の任、我にお授け頂きたい!」


目の前の3騎士の一番左にいた甲冑騎士が一歩前に出て、片膝ついてこちらに向かって首を垂れている。他の二人は一歩下がって同じ状態だ。


 マクフィの発言の後、辺りはシーンっと静まり返っていた。その発言に疑問が増した。


 勇者がこっちに向ってきている?なんで?

 逆賊?それって俺に危害を加えるってことだよね。敵って勇者なの?!

 もしかして、俺って王は王でも、魔王とか?そんな設定なの?!

 俺の依り代さん、悪逆非道の権化なんですか?勇者が攻めてくるほどに!

 

 マジかよ!よりによって、悪役スタートとはね。とほほ。

 

 騎士さんより俺が首を垂れたわ、酷すぎじゃない?


 つかね、天啓ってさ、神が遣わすありがたいものじゃないんですか?勇者を倒すって悪そのものじゃないですか。いいのかそれ。普通は逆じゃないのか。それに、一応俺、主人公だよね?王様だし。頭に王冠あるようだし。これフラグじゃないよね。


 堰を切ったように愚痴が溢れ出る。

しかしさ、すげーな神様、天啓を魔王に授けるとか尋常じゃない。ひょっとして神は神でも邪神とか?あー、あり得るな。正義の味方の敵も大抵組織ばってた。あの神が末端なら上司が邪神であっても不思議ない。


 自分の生死が懸かっているのに実感がないけども、不思議体験が緊張感を高めている事は間違いない。良く出来たヴァーチャルリアリティを体験して酔ってしまったようなところだ。


 さて、辻褄が合わないことだらけだなんだけど・・・マクフィさんって誰?

この人が勇者をやっつけちゃっても天啓達成になるのかな?それなら楽だ。


 普通は俺がなんかしなきゃダメなんじゃないのかな?マクフィさんが、もしやられちゃったら次どうすんの?ゲームの世界の勇者なら俺はやられ役だぞ?うむむ。


 マクフィさんの一言でこれだけ悩み、考え、苦しんだ。処理しきれないほどの考察、俯瞰、そして最初のお題目の天啓達成とは?と、大量の情報がグルグルひっきりなしに頭の中を回っている。ゲームならいいのに。命が懸かればそれはもうゲームじゃない。命という一文字がさらにプレッシャーとなって、俺を苦しめた。体も心なしか冷たく感じていく。それでも、あー考えてはこれ。これ考えてはあれ。いやいや、あれはこれで、これはあれで・・・etc


 むっちゃ考えた。FXなんかが微塵にもならないくら。自己評価だけどさ。


 自分の体内時計は数時間経ったような感覚になった。疲れる。でも目の前は首を下げて俺の返事を待っている律儀な騎士さんがいる。返事だよ返事。兎に角返事しないとさ。声でないけど!


 そうだよ、あれこれ考えすぎたって。結局は何かを選ぶって事だ。


 ’はい’か’いいえ’のデッドオアアライブ・・・・2者択一。


 とどのつまりはそういう事だ。まずは目の前の事に決断を下そう。 


 肚をくくれよ、俺!弱気になるな!自分を鼓舞するけど、やっぱり躊躇する俺もいる。こんな時、チカが側にいてくれたら・・・と。ふと思い浮かんだのはチカの顔だった。なんでだか、ふんむーっと腕組みして怒っているみたい。俺の踏ん切りつかない態度にやってまえ!って指令を出しているようだ。


 お、おお。や、や、やってやらー!って何を・・・・情けない俺。リアルだったら俺の背中をパチーンと叩いてくれそうだけど、今はない。だけど、だけどもさ!


 失敗したら現実社会に戻って死亡。成功してもよくわからない。

けど、今失敗したら・・・俺はこいつと二度と会えないんだ!


 そう思った途端に滾ってきた。知性的な何かじゃない、直感的で野性的な本能のようなもんだ。そうだ!兎に角、どんな事をやってでも元の世界に帰るんだ。チカにもう一度会うんだ!俺も心に決めた。思いが決まると自然と冷静になった。

 

 まずは、この状態でどうやってあの騎士団長に’やれ’と、指示を出す方法だよな。黙って俺の返事待ってるっぽいんだもん。無言の圧が段々強くなってきているのが分かる。無言のプレッシャーが真正面からやってきている。


 せめてどこか体が動かせれば・・・

 

 立ち上がろうにも、体はビクともしない。力んでも力んでもダメだった。

まだ、依り代と上手く同期が取れてないのかなどとと思ったりした。だが、なんかちょっと違うな。なんか、こう、まるで硬直しているような・・・・


 あ、もしかしてこの人、結構前に亡くなったとか?んで、亡くなったから依り代になって俺が入り込んだと。でも心臓動いているよ?まさか生きているけど体は不自由とか?すげー重要な事を全く説明しない神様・・・・な事を考えている暇もなさそうだ。


 あれこれ考えても、騎士さんたちからのプレッシャーは続くし、強さが増してきた感じもする。ドキドキからドッキドッキって感じだね。


と、不敬な考えをし始めていた俺に罰が下った。


なんか臭う。それにお尻の下あたりに、生暖かいゆるい粘土のようなものが感じられる・・・・・・・・・・・・・・・・こ、これは・・・・・・・・


 いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんか色々漏れていた。あれこれ全部。依り代の身体としての感覚が時間経過でわかりやすくなってきたのか。それともあれこれ考えていて意識がそっちにいってなかっただけなのか、定かでないけど俺はパニックだった。


 今の俺さ、王様だよね?王様。王様が人前でお漏らしとか、どうすんだよ!しかも全員他人で部下だよね。会社だったらもうそこにいられないよ。うちの社長はう〇こ漏らしたことあるんですよとか陰口叩かれそうだもん。同情されるのも嫌すぎる。こんな理由で離職されるのも、取引相手が無くなるのも嫌だ。


んでさ、リアルな俺は40過ぎ!こんな経験ないです、したくないですよ!


 あああああああーーーーーーーーーもう、死にたい。


あれこれ悶々としていると、今度は腹が熱く感じてきた。それに伴い急な吐き気と悪寒が襲う。その痛みに耐えようと歯を食いしばった時に左手を強く握ることができた。


おお、左手は普通に動くらしい。動く部位があることに、ほっとしたのもつかの間、俺は嘔吐した。吐き出したものはどす黒く、生臭くて、鉄臭い。結構な量の吐血だった。


 スーっと血の気を失いかけたがなんとか堪えた。が、ガクッと首が垂れた。その視線の先には、ズボンはおろか玉座の周りが血反吐まみれの惨状になっていた。匂いも凄まじい。


 「王よ!」「王よ!」「治癒師を呼べ!」いきなり修羅場となり、俺の周りは騒然となった。まるで要人の暗殺現場のような異様な雰囲気。勇者に倒される前に、ここで尽き果てたら失敗なのか?これでお終いなのか。まだ何もしていないのに!


 自分の身体より失敗判定になるのだけは避けたい一心だった。周囲の騒然さとは裏腹に、俺は吐いたおかげか以外とスッキリした気分でもあった。おしりのあたりはもう気にするのをやめた。

 

 周りの心配する掛け声が凄まじくなってきたので、左手をちょこちょこ動かして’まだ大丈夫だぞ’と合図をしてやった。それと同時に「王は健在なり!」「王よ!」と大音響が響き渡った。目が霞んではっきりとは分からないけど、激しい動揺だけは伝わってくる。一応、この王様はそれなりの人物だったのかもしれない。それとも・・・・


 ふーっと一息入れる。胸やけが酷いのと、腹全体がズキズキと少し疼くけど、全く我慢が効かないほどではなさそうだ。取り合えず生きてるって感じだ。


 この王様、結構前から重症だったのかもしれない。もしかしてガンとか?周囲の関係者もそれを承知であったらいいな。だとしたら、漏らしたことが無しになりそうだ。病人だもんね。仕方ないもんね。


 まずは第一関門を突破したと思った。まだこの世界で存命しているし、辛うじて左手も動く。手下もいるのでまだチャンスはあるはずだ。体制を整えるために、その左手で元の場所に戻りなさいと合図を出すが中々戻ってくれない。心配なのはわかるけど、これ以上無駄な時間もないと俺は踏んでいる。これからは時間との勝負も考えなければならない。もう、この状況でとっとと指示出して、まずは逆賊退治に行ってもらおう。


 左手で人差し指をマクフィさんに向けた。マクフィさんはその動きに気が付いてくれた。次いで指を出口へ向けて拳銃をぶっ放すような仕草をした。わかってくれと祈りながら。マクフィさんはすっと立ち上がると俺に背を向けて待機していた兵士たちに言った。


 「王の勅命は下された。これより逆賊討伐に出立する。者共、我に続け!」


 かっこいいー。俺も一度言ってみたい。マクフィさんがんばれ。それで終わりにしてきてー。心から願った。


 「父上、このマクフィ、王国騎士団長の名に懸けて必ずや勇者を打ち取って参ります。ミレニアム王国に栄光あれ。では」そう言ってマクフィさんは踵を返した。


 ん、今父上とかって言ってなかった?言ったよね。ええええ、マクフィさんって王様の子供かよ!やっば。知らなかったとはいえ、俺あの人に飛んでもない事言っちゃったよ!でも、それしか思いつかなかったんだよ。


 生きて帰ってきてね!と、願うしか出来ない俺。今の自分自身が飛んでもない状況だし、すまん、許してね。でも、この指示が成功であるなら、彼はきっと生きて帰ってくる!失敗は考えない!成功する奴はリスクは考えても失敗は次の成功のための礎なのだ!と、辻褄の合わない事を考える事で、俺は自分の動揺を抑えた。ドキドキだもん。 


 去り行くマクフィさんを目で追っていくと、自然と辺りの景色も視界に入ってきた。天井がかなり高く、何かの絵画が描かれている。美術館で見るようなレベルかも。絵画とか芸術詳しくなくてすいません。多分、由緒正しい大聖堂とかの大広間ってところなのだろう。入口までは数十メートルはある。改めて見直すと、結構デカイな。ひとしきり感心していると、今度は杖を持った従者が数人俺を四角く囲むように数メートル間隔で立っていた。


 「結界を張れ!王の警護を最大級まで上げるのだ!これより決戦である!」


 すぐ近くにいた従者が声を上げる。それと同時に俺はシャボン玉の幕のようなものに包まれた。あっという間だった。これって魔法なのかな?





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流転する死刑囚 ~早く楽になりたい~ @baisu72000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る