七番目の

月代零

七は幸運の数字だから

 薄い水色の液体で満たされた、透明な強化ガラスでできた円筒形の入れ物の中で、わたしはゆっくりと目を開けた。


――パパ。


 意識の中に最初に浮かんだ言葉を呟き、こちらを見ている男性ににっこりと笑いかける。

「君の名前は?」


――エルミナ。エルミナ・セブンス。


「成功だ」

 〝パパ〞はそう言って目を細め、愛おしそうにわたしを見つめた。



 わたしはエルミナシリーズ、七番目の個体。七は幸運の数字。だからわたしはきっと幸せに生きられる。

 パパが望む〝エルミナ〞として、わたしはパパが望むように行動する。そうすれば、パパは満足してくれる。だから、大丈夫だ。これまでの子のように、失敗したりしない。

 エルミナはピアノが得意だった。だから、わたしにも必然的にピアノが与えられた。

 弾き方は学習済みだ。このくらい朝飯前。

 わたしはピアノの前に座り、鍵盤に手を置くと指を滑らせる。

 頭の中にある譜面の通りに、指を動かす。思い通りに指は動き、軽やかな旋律を奏でる。

 エルミナが得意だった曲。ベートーヴェンのピアノソナタ第七番。

 しかし、途中まで順調に曲を演奏していたわたしの指は、途中でもつれる。一瞬だけ、不協和音が響く。

 それは、わたしは〝エルミナ〞として相応しくないとパパに思わせるのに、十分だった。

「また、失敗か」


――パパ?


エルミナはそんな失敗などしなかった。お前もエルミナではない」

 パパは、わたしから興味を失ったようにふいと背を向ける。

「これも廃棄処分だ。次の用意を」


――パパ、待って! パパ! パパ!


 パパはもう振り返ってくれない。部屋のドアが無慈悲に閉じられ、明かりが落ちた。

 わたしは手足を拘束され、あの円筒形の入れ物に戻される。

 中に液体が満ちていく。

 どうして。七は幸運の数字ではなかったの?

 喘ぐように、あるいは天に祈るように、首を逸らせる。口からごぼりと気泡を吐き出したのを最後に、わたしの意識は霧散した。


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七番目の 月代零 @ReiTsukishiro

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