ソフトボール大会の最終回 (桜井と瀬田⑤)

彩霞

試合の最終回

 同点で迎えた最終回の裏。三塁に雄一を残し、1番バッターの舞が打席に入る。アウトは1つ取られているが、ここでヒットかフライにでもなれば1点が入る。


 舞はソフトボール経験者であり、中学から高校に上がる際にスポーツ推薦が来たほどの実力者である。高校では、部活よりも勉学を優先したためやらなかったが、その技術は健在で、今日の試合もピッチャーにバッターと大活躍だ。そしてこの場面でも打つのではないかと、ベンチでは期待感が漂っている。


 舞はバットを左肩に置きながら、ピッチャーから見て、バッターボックスの左側に入るとこう言い放った。


「絶対に勝って大樹にはアイスを、優美まさみにはステーキをおごってもらう!」


 闘志をめらめらと燃やす舞に、ピッチャーの小野木優美はキャップ帽の陰から呆れた顔をする。彼は舞と瀬田の幼馴染で、彼らよりも三つ年上の社会人だ。


「舞ちゃん、どんだけ食い意地張ってんのよ……」

「だって、お母さん連れて行ってくれないんだもん!」


 吠える舞に、キャッチャーをしている瀬田がぽつりと言う。


「おばさん可哀そう」

 だが、舞はそれを無視する。

「さあ、来い! 優美!」


 そう言ってバットを構える舞に、優美は小さく笑うとアンダースローでボールを投げた。


 パシン! とボールがキャッチャーミットに入ったときの良い音が響く。


「ストライク!」


 主審が声を張り上げる。どうやらボールはストライクゾーンに入っていたようだ。しかし、舞はそれでいいと思っている。いい球ではあるが、自分が狙っていた高さよりも少し上だったので見送ったのだから。


(次はどうくる?)


 舞は一度構えを崩し体の力を抜いてから、もう一度バットを構える。

 一方の優美は、グラブのなかでボールをしっかりと握ると、腰を曲げて力を溜めると、起き上がる勢いを利用してよく右腕を振った。


(来た!)


 ベルトと膝の間の位置の高さで、外側へ入って来るボール。

 舞がバットを思い切り振ると、秋晴れの空に金属バットの芯でボールを捉えた音が「カキーン!」と響いた。


 雄一は三塁のベースを踏んだまま、大きな弧を描いてセンターの方へ向かうボールを目で追いかけていた。犠牲フライであっても飛距離は十分だ。


「ゴウッ!」


 サードコーチャーが声を張り上げた。センターがフライをキャッチしたのである。雄一はそれを合図に無心で駆け出した。

 野球よりもホームまでの距離が短いので、ぐんぐんホームベースが近づいてくる。そしてベースを踏んで勝利の1点を取ったとき、ベンチが歓声に沸いた。


「よっしゃー!」

「良くやった!」

「勝ったぞー!」


 町内会のソフトボール大会に参加していたおじさんたちが、次々と雄一を褒めてくれる。ある人は背を叩いてくれたり、ある者は軽く抱きしめてくれたり。

 家族以外とスキンシップをほとんど取ったことが雄一にとって、恥ずかしさや照れくささがあったが、皆が楽しそうに笑っていると、喜びと感動とがい交ぜになって、少しだけ出た嬉し涙に目が濡れた。


 雄一が人の輪の中心で笑っていると、ファーストの方から戻って来た舞が、マスクを外した瀬田の隣に立って「まーったく、打ったのは私だっつの」と笑う。


「舞も素直じゃないね。雄一が楽しそうなのが嬉しいくせに」


 すると舞は肩をすくめる。


「あんたもでしょ」

「まあね。——よし、皆さん、挨拶しますよ!」


 瀬田が声を掛けると、試合に出たメンバーは「おー」と言って、ホームベースからセンターに向かって一列に並ぶ。もちろん、雄一も。


「ありがとうございました!」


 気持ちのいい挨拶がグラウンドいっぱいに広がる。

 雄一はそれを聞いて、子どもの頃にやりたくても出来なかった試合が、大人になってやれたことに感動していた。野球ではなくソフトボールだけれど、チームで戦えたことはこれまで孤独であった雄一にとって特別なことである。


 もちろん今日のメンバーの中にも、雄一の顔を見て不快な表情を浮かべる人もいる。しかし瀬田と舞を通して交わることで、普通に接しようとしてくれているのが伝わってきて、それだけで十分に嬉しかった。


(こういうこともあるんだなぁ……)


 雄一は雲一つない空を見上げ、今日の日をしっかりと噛み締めるのだった。

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ソフトボール大会の最終回 (桜井と瀬田⑤) 彩霞 @Pleiades_Yuri

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